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恋するワルキューレ 第三部

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「テル君、こっちはねえ。店長さんにアシストしてもらって、エンゾを抜いてやったのよ。他のオジサン達もね。まあ、大した人達じゃなかったわね!」
『マジっすかー!? 裕美さん、速いじゃないですかー! 裕美さんの走ってるとこ見たかったなー! 裕美さん、どうです、もう一周走りませんか?』
「えー!? 冗談じゃないわ! 私はもう十分走りました。先にエンゾの店の前で待ってるから。テル君、早く戻ってきてね。あの男に勝利宣言して、いっぱい言い返してやるんだから!」
『裕美さん、ヤバイっすよー! またケンカになるじゃないですかー!?』
「構うもんですか! テル君が勝ったんだから、ガツンと言っちゃってよ!」
『ハハハ……。まあ、それくらい元気があれば大丈夫みたいですね。それじゃあ、待ってて下さいね!』
「あっ、テル君。切らないで、ちょっと待って。
……テル君、ありがとう。今日は本当にありがとう……」
『裕美さーん、それじゃ後でちゃーんと『お礼』はお願いしますね?』
な、何よ? 『お礼』って、さっきの付き合って下さいって話?
もうテル君たら、“彼”の前でそんな事言わなくても良いのに! 所構わず告白されたってポイント下がっちゃうんだからね!
「んん、もう! 後で『お礼』でも何でもするから、テル君、切るわよ!」
でも、テルの明るい声を聞いたお陰で、裕美は何か吹っ切れたような気がした。負けたのは悔しいけど、それ程気にすることじゃないと思う。私を助けてくれるために、“彼”もテルやユタも一緒に走ってくれたんだもん……。
気持ちも楽になると、今までは気が付かなかった箱根の景色が見えてきた。芦ノ湖と箱根の山々を見下ろし、富士山も大きく真正面に見ることが出来る。
こんな高い所まで登って来たんだ……。
そんな箱根の景色までもが、裕美の心を慰めてくれるようだった。
そうよ、こんな所で泣いてなんかいられないわ!
「店長さん、休むのはこれくらいにして、そろそろ行きましょう!」
「えっ、裕美さん、もう行くんですか? もう少し休んだ方が?」
「もう、平気よ! それにこんな所でのんびりして、他のオジサン達にまで抜かれる訳にはいかないわ!」
「そうですか……。それじゃ行きますが、あまり無理はしないで下さい。あと少しで頂上へ着きますから」
ガチャン、パシン!
裕美達はシューズをペダルにセットし、もう一度大観山への坂を登り始めた。
裕美は体力も僅かしか回復していないが、気持ちが前向きな分、不思議と前へ進める。わずかな力だが、しっかりとペダルを踏み、頂上へ進んで行った。
そして大観山の山頂が見えてきた時、突然後ろから車のクラクションの音が聞こえてきた――。
パッパー! パッパー!
「裕美センパーイ!」
舞が車でここまでやって来たのだ。
「裕美センパーイ! すごいカッコ良かったですー!」
「ありがとう……、舞……。
でも、わたし――」
舞はそんな裕美の言葉を遮るように話続けた。
「センパーイ! スゴイですよ、こんな山を登って! こんど一緒に走って下さーい!」
 舞――!!
・・・・・・ありがとう。舞、ありがとう……。
舞だって当然、裕美がエンゾに追い抜かれたことは知っているはずだ。なのに舞は一緒に走ろうと言ってくれたのだ――。
そうよ、負けたからって弱音を吐くわけにはいかないわ!
裕美は顔を上げて、ペダルに力を入れた。
「舞、見てて! あの山の頂上まで登ってみせるから!」


第10話、終り――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第11話『女の戦い再び!“魔性の女vs聖母マリア” 〜 彼が選ぶのはどっち?』

「舞、頑張って! もう少しで『ワルキューレ』に付くから!」
「センパイ分かりましたー! もうちょっと頑張りますー!」
 裕美は後輩である舞を気遣い声をかけた。
 先程からちょっと舞が遅れ気味だ。でも明るく返事をしているし、まだ体力はあるだろう。
裕美のお目当ての店であるロードバイク・ショップ『ワルキューレ』まで、あと2キロ。歩けば30〜40分はかかるが、ロードバイクならばわずか5、6分程度でしかない。本当に散歩にもならない短い距離だ。
もう“ほんのちょっと”の距離だから問題はないわね。
裕美はそう考えて改めてペダルを踏んだ。
今回、裕美と舞は自転車ながらも車と同じ“車道”を走っている。
車と同じ路線を走るので、裕美も舞も散歩気分でのんびり走ることは許されない。後方を確認したり、路上駐車の車を注意深く避けてと、思った以上に神経を使うものだ。それに何より時速40km/h超で走る車の壁にならない様に、ある程度スピードを出して走る必要がある。走り慣れたロードレーサーであるなら、車道で40km/hを出すなど造作もないことだが、舞の様にロードバイクに乗りたての女の子では30km/hも出せば上出来だ。

ううん、そんな速い遅いなんて、もう関係ないわ――。

あの“エンゾ相模川”との落車事故以来、走ることを怖がっていた舞が再び一緒に走ってくれる様になったのだ。
裕美でも走るのに抵抗がある車道を、舞は一生懸命になって裕美と走ってくれるのだ。そんな舞の気持ちが何よりも嬉しいし、小さな身体で頑張る舞を支えなきゃと思う。
そんな初心者の舞を気遣いながら、裕美が先頭を引いて走っているのだ。裕美も女性ローディーとしては、そこそこ“走れる”様になってきた証だろう。
自分では出来る“当たり前”のことを“当然”と思わず、一緒に走る“違うメンバー”ことを慮って走る。そんなチームワークと心遣いが出来る様になれば、本物のロードレーサーだ。
もっとも裕美としてはそんな大層なお題目を考えて走っている訳でもない。小さくて可愛い妹の様な後輩のことをちょっと気遣っているだけの話なのだが、それはまた別の話。

だってそんなこと当たり前のことじゃない――。

そう、全然別の話ではあるけれども当たり前の話。そんな目に見えない絆が二人の間には確かに見えたのだ。
二人はようやく『ワルキューレ』に着いた。サイクリング後の恒例である、裕美のお目当ての“彼”とのフレンチ・カフェ・タイムだった。
「それじゃあ、先輩。私はここで失礼しますね」
「あら、舞? ワルキューレに行かないの?」
「ええ。先輩と店長さんの邪魔をしちゃ悪いですもん」
 舞は「頑張って下さいねー」とウフフと上品に笑う。
 裕美はゴクリと息をのんだ。
舞が言う「頑張って」とは、単に“彼”に対して声を掛ける程度の甘いものではない。舞が男の人にアプローチを掛ける時は、かならず結果を伴うものだ。
にこやかに微笑みながら蜂蜜の様に甘い香りをかぐわせ、心のひだを優しく撫で相手を完全に籠絡してしまう。
“彼”を絶対落としてくるんです!
そんな舞の言葉が聞こえてくる。
 いつもの裕美なら、「そんなの無理よ……。わたし舞みたいに上手く出来ないし……」と尻込みするところだが、今日はちょっと違う。
 あのエンゾ相模川とのバトルで、“彼”があんなに私を助けてくれたんだもん。わたしが勝負に負けてショックの時も、優しく慰めてくれたし、絶対わたしのことを気にしてくれてるはずよ!