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恋するワルキューレ 第三部

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じゃあ、お前ら1度しか登らねえつもりかよ!? ふざけんなっ! 『ジロディ箱根』はこの峠を2回登るもんなんだよ!」
「何よ、女の子に抜かれたからって言い訳? 一度でも女の子に抜かれるんだから、恥ずかしいと思いなさいよ!」
「この女ー! ふざけやがって!」
 頭に血が登ったオジサンが再びダンシングで登り始める!
「行かせないわ!」
 すかさず裕美も立ち上がる! 
呼吸を整える時間もなかったが、先に行かせる訳にはいかない!
 再びマッチレース、いや限界勝負の“チキンレース”だ。たとえ相手に勝ったとしても、体力を使い切ればこのレースの完走さえ危い!
 オジサンのダンシングで、ギシッ、ギシッとGiosのバイクが再び悲鳴を上げる。
 ハンドルを腕で引き付け、さらに太腿の大腿四頭筋を使いペダルをグイグイと踏み込んでいる。こんな激坂でコンパクトクランクもない重いギアでは、たとえダンシングで全体重を懸けてもトルクが足りない。ペダルを踏み切れず、バランスを維持するだけのスピードも出せなければ落車するしかない。それゆえ腕力を使い、背中の筋肉まで稼働させ、そのパワーを絞り出しているのだ。
ここまで来るとランニングの様な有酸素運動ではなく、もはや無酸素運動のウェイト・トレーニングと言った方が良いだろう。ペダルは左右交互に踏むもので、実際に片足でスクワットをしていることと同じだからだ。
一か所の筋肉を集中的に酷使すれば、ものの数十秒でアウトだ。軽いギアで負荷を分散させて走る裕美とは効率の面で比較にならない。
だがそれでも裕美の苦しさが消えるものではない。裕美も限界近いパワーでの走りだ。徐々に疲労が蓄積する。それに有酸素運動である分、その苦しさは呼吸系の器官に回ってくる。息が苦しいだけでない。喉も痛く、肺を動かす横隔膜から、内臓にも苦しさを感じる様になるのだ。
そして二人の息使いも対象的だ。
ハッ、ハッ。ハッ、ハッ……。
呼吸は荒いが、まだ一定のリズムを維持してダンシングをする裕美。
ハア……、ハア……、ハア……。
力を振り絞る様に、重いペダルを踏み抜く都度に息を履くオジサン。
ペダルの回転速度が、呼吸のリズムと一致しているのだ。
 こんな負荷の高いダンシングだ。どちらにしても長く続けることは出来ない。裕美もオジサンも、限界が近くほぼ同時にサドルに腰を降ろしてしまった。二人のチキンレースもまだ決着が付かなかった。
 ハア、ハア、ハア……。
シッティングで裕美は呼吸を再び整えようとした。次のダンスバトルは、すぐにでもやってくる!
「畜生! てめえ、本当に1回だけのつもりかよ! 俺達は2回ここを登るんだぞ!」
「ハア……、ハア……。そうよ! あのエンゾっていう無精髭の男も抜いてやるわ!」
「そんなの卑怯だろ!? 勝負になる訳ねえ!」
「何よ? あなた達女の子相手に対等に戦って自慢するつもりだったの? 弱い相手にしか威張れないんじゃない!」
「一回だけなら、俺だって、すぐ追い抜いてらあ!」
「ふん! 本当かしら? 試してあげるわ!
 店長さん、お願い!」
「了解! 行きますよ!」
 “彼”がサドルから立ち上がるのと同時に、裕美もダンシングを始める!
 ガチャン、ガチャン!
 一気に2段ギアをシフトアップし、ペダルを踏み込んだ!
 裕美のスピードがわずかに上がる。オジサンに先行して走りだした!
 しかし――、オジサンは立ち上がらない。
シッティングのままゆっくりとペダルを踏むだけだ。顔も下げたままで、もう戦う気がないのは明白だった。
「卑怯なことしやがってー! 本当なら俺が勝ってたんだからなー!」
 オジサンの捨て台詞じみた罵声が、後ろから聞こえてくるだけだった。

「ハア、ハア……。店長さん、あれで良かったのかしら? オジサンに卑怯者だなんて言われちゃったけど……」
裕美も流石に少し罪悪感があった。確かに男性と女性というハンデはあったが、自分達は箱根の峠を一度しか登らないのだ。
実際に後ろのオジサンからは、その後も散々罵倒を浴びせられたが、それだけ声を出せたということは、オジサンにまだ十分な体力が残っていた証拠ででもある。
裕美がこのバトルで勝てたのも、もしかしたら、オジサンの方がわざとペースを落とし、体力を温存したのかも知れない。そう考えると裕美も素直に喜ぶことは出来なかった。
「裕美さんが気にすることはありません。もともと違う土俵での勝負です。速さ比べようとすること自体が既に間違っています。……それにおそらくですが、彼らもこの峠を2回も登ることは難しいでしょう。テル達に追い付こうとして、初めからかなり無理をしていた様ですし、今度は裕美さんとのバトルで脚も相当削られたはずですから」
「それじゃあ、あの人達も完走出来ないってこと?」
「そうです。まあ連中は何かと言ってくるでしょうが、少なくとも裕美さんに勝ったなんて言えませんよ。あの勝負はなかったなんて言ってくるんじゃないですか?」
「そうね。あの人達、負け惜しみだけは立派だったもんね」
「さあ、裕美さん、もうすぐ坂も終わりです。あそこが頂上です」
彼が指を刺した先には、山と山の間に青い空が透けて見えた。坂も終わりに近い証拠だ。この先には芦ノ湖がある。
でも坂が終わったからと言って喜べるものではない。まだ芦ノ湖に着いただけだ。これから大観山の山頂までもう一度坂を登らなくてはいけない。
それに何より、あのエンゾをまだ抜いていない――。
「店長さん、これから一体どうするの? まだアイツを抜いてないのよ?」
「それは大丈夫です! 必ず抜けます! 次のセブン・イレブンを見ていて下さい」
「えっ? セブン・イレブン……?」
裕美には彼の言っていることが分からなかった。
あのエンゾを抜けるの? でも坂でもなくて、どうしてコンビニなの?
しかし裕美が深く考える間もなかった。箱根旧道の坂が終わり、一気に下り坂に入った。スピードも上がるし下りのヘアピンコーナーまである。脚を休めることは出来るが、一瞬とも気が抜けないことに変わりはない。
だが下りのコーナーを2つ3つ過ぎると、目の前に大きな湖が見えてきた。
芦ノ湖だ!
彼のリードに従い芦ノ湖湖畔の道路に入ると、すぐにセブン・イレブンの看板が見えてきた。彼が言った通りだ。
「裕美さん、あのコンビニをよく見てて下さい!」
「店長さん、一体何があるの?」
 少しでも時間が惜しいのに、コンビニが何だろうと不思議に思ったが、彼の言う通りに、スピードを落とし中を覗き込むと、裕美は考えもしなかったものを見つけた。
「あー! エンゾがいる!」
 あの青いジャージと坊主頭は間違いない! エンゾ相模川だ!
何とエンゾはレースの最中に、コンビニで悠長に休んでいた様だ。
「エンゾー! 見なさい、追い抜いたわよー!」
裕美は手を振り回して、自分が追い抜いたことをエンゾに見せ付けた。
「あー! あの女!」
エンゾも裕美を見つけて驚いた様子だ。コンビニの袋をぶら下げて、急いでロードバイクの所へ戻ろうとしている。
「やったわ! 店長さん、あの男を抜いたわよ!」
「予想通りです! 作戦が上手くいきましたね!」