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恋するワルキューレ 第三部

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でも、年下の男の子など考えたこともない。裕美とテルは5つ以上も歳が離れている。だからこそ自然に“仲の良い友達”になれたのだ。
確かにテル君は素敵だけど、それは“男の子”としてというだけで……。
この場はテルを軽くあしらうべきだろう。裕美の理性がそう訴えていた。
ところが、裕美は自分でも思いもよらないことを叫んでいた。

「それじゃあ、あいつらに勝って! テル君!」
裕美はもう一度叫んだ。
「テル君、あいつらに勝って! お願い、わたし何でもするから!」

テルは裕美の心からの叫びに一瞬驚きながらも即座に、そして迷いなく裕美を見て応えた。
「裕美さん、もちろんです! 俺に任せて下さい! ユタ、行こうぜ!」
「オウ、じゃあスピード上げて先行するぞ。店長、裕美さんのフォローお願いしますよ」
「オーケー、任せてくれ。でも危ないから競り合うようなことは絶対するなよ!」
「大丈夫ですよ。一気に抜いちゃうから!」
「裕美さん、約束ですよ!」
テルが裕美を見て声を上げると、ユタと一緒にグンとスピードを上げ、エンゾ達を追いかけた。そのスピードは40km/hを軽く超えていることが分かる。二人ならきっとエンゾ達を追い抜いてくれるだろう。
でも、わたしどうしよう……? テル君に、ついあんなこと言っちゃったけど、年下の男の子? そんなの考えたこともなかったのに……。
裕美は“彼”の後ろ姿を見て、テルと比べ考えてしまった。幸い、告白は彼やユタには聞こえなかったようだが、これから彼やテルとどう付き合えば良いのか? 考えれば考える程分からなくなってしまう。
あーん、一体どうしたら良いの!?
「裕美さん! 裕美さん、聞こえますか?」
「あ、ハイ……」
裕美は彼の声を聞いて我に返った。裕美の前を走っている彼が、自転車越しに前から声を掛けてきたのだった。
「裕美さん、聞いて下さい。分かっていると思いますが、裕美さんではあのエンゾという男には勝てないでしょう。男性と女性では絶対的に体力に差があります。男より速い女性レーサーもいますが、裕美さんはロードバイクに乗り始めて1年も経っていません。キャリアでも差があってはまず勝ち目はないでしょう」
「…………。店長さん、負けるのは分かっているわ。でも! でも、せめてこのレースで一人でも抜けば、あいつらだって!」
「……残念ですが、裕美さんの今の実力では一人抜くことも難しいでしょう。このレースにも時間制限があるそうです。ロードレースでは制限時間を越えれば失格となって完走は認められません。裕美さんなら、時間内に完走はする可能性も無い訳ではありませんが、何れにせよギリギリの時間になるでしょう。今、走っている連中は当然完走を前提にしているでしょうし、それだけの実力はあるはずです」
「でも、可能性はない訳じゃないんでしょう? それだったら、わたしだって!」
「ですが時間内に箱根の峠を2周することは、体力をギリギリまで使うことになります。疲労で集中力が落ちるのが公道では一番危険なことです。車や信号を見落としかねません。だから僕は裕美さんが限界になる前に、安全を優先して走ることを止めさせるつもりです」
「…………」
裕美は黙って彼の言葉を聞くしかなかった。
テルに告白されて浮かれていたが、一気に厳しい現実に引き戻されてしまったのだ。まだキャリアの浅い裕美にだって、あの卑怯な男に勝てないことは最初から分かっていた。しかし舞のこともあって、レースから逃げることも許されなかった裕美は、そんな現実から半ば目を背けていた。
勝てはしなくても、せめて一矢報いればと練習を積み重ねてきたが、それさえも彼に否定されては裕美は現実を受け入れざるを得なかった。
「テルやユタなら、きっとあの連中を抜いてくれます。裕美さんは、今日は無理をしないで下さい。もし裕美さんがヤル気でも、僕が無茶なことは絶対にさせません」
彼の言葉は諭すように穏やかなものの、裕美に厳しい現実を突き付けるものばかりだ。
「でも……、何とかしてあいつらを見返さないと……。
舞だって一緒に走ってくれなくなっちゃうわ! 店長さんが何て言っても、私は諦める訳にはいかないの!
お願い、店長さん! 少しで良いから力を貸して!」
彼は裕美の決意を聞いて、しばらく黙っていた。
「……テルにちょっと妬けますね……」
えっ? 店長さん、さっきのテル君の話が聞こえていたの?
「裕美さん、僕に任せてもらえませんか? もしかすると一度だけなら、あの男を抜けるかもしれません」
「あいつらを見返せるの? 本当に?」
「ええ、一度だけのチャンスですが……。ただ裕美さんも限界まで走ってもらいます。良いですか?」
 振り向いた“彼”の目は真剣だ。いつもの優しい目とは違う。裕美の意思を確かめるかの様にじっと見つめている。彼は本当に倒れるまでわたしを走らせるつもりなのかも知れない。
 でも……。それだって……。
「店長さん、お願い。私、走るから! 必死で付いて行くから!」

* * *

裕美達は小田原を抜け、箱根の峠の入り口までやってきた。ここから本格的なヒルクライムが始まることになる。ただし裕美達が登るのは箱根駅伝でも有名な国道1号の峠道ではない。江戸時代の東海道に当たる箱根旧道と呼ばれる峠道だ。この箱根旧道は車の交通量も少ないが、トンネルがない時代から続く峠道であるため、斜度も非常に厳しく、首都圏でも屈指のヒルクライムコースだ。
「あっ! 見て、店長さん! テル君とユタ君よ。それにエンゾも!」
裕美達はエンゾ達を峠の手前で捕まえた。裕美達がペースを上げたこともあるが、途中、エンゾ達のペースを落とさせる作戦を、テルとユタに実行させたことが功を奏したようだ。
「上手く彼らのペースを落とさせたみたいですね。携帯で彼らの後ろに張り付くように指示をしておいたんです。テルとユタが後ろに付けば二人は体力を温存できますが、エンゾ達は先頭を引いて逆に体力を消耗してしまいます。だから彼らはペースを落とさざるを得なかったんですよ」
「ここまでは店長さんの作戦通りね。
テルくーん、ユタくーん! お疲れー!」
「あっ、裕美さーん、店長ー! 追い付きましたね」
「店長の指示通り、後ろに付いたらペースが落ちましたよ。いやー、エンゾに前を引けとか、卑怯だとかノロマだとか散々言われましてねー!」
「二人ともごめんなさいね。損な役を受けさせちゃって」
「いやー、裕美さんの為とは言え、正直かなりストレス溜まりましたねー」
 作戦が成功して和気あいあいとする裕美達だが、それを見て、エンゾは自分達がはめられたことにやっと気付いた。
「あーっ! テメエらふざけるじゃねえよ! 後ろの連中を追い付かせるために、付きイチしてたのかよ!」
「エンゾさんの言う通りだよ! 堂々と勝負しやがれー! この腰抜けー!」
「お前ら、若いんだろう! 若い奴が先頭を引くもんなんだよ! ○玉付いてんのかあ!」
「そうだよ! お前ら、立つもんも立たないんじゃないのか!? アメリカ製の穴あきサドルなんか乗ってるからだよー!」
 きゃー! この人達何よ!? 女の子がいるのに!
最低――! もう、気持ち悪いからあっちへ行ってー!