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恋するワルキューレ 第三部

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「そうそう。今日もたまたま、偶然ここを通り掛かっただけですからね。美穂さんに聞かれたら、そう言っておいて下さい。マジで引っ叩かれますから」
「フフフッ。もう、テル君もユタ君も何言ってるのよ」
偶然なんて訳はないし、単に裕美を止めに来た訳でもない。3人とも『ワルキューレ』ジャージに身を包み、ヘルメットにアイウェア、ビンディングシューズの完全装備だ。
決めているのはウェアだけではない。“彼”は自慢の“TIME”、テルとユタはお揃いの”GRAPHITE DESIGN”《グラファイト・デザイン》と、レース・モデルのカーボンバイクに乗って来ているのだ。しかも全員が勝負用のカーボン・ホイールを装備して来ている。『サイクリング』に来た等と言う彼らの言葉を信じる人は誰もいないだろう。
逆にエンゾは三人の登場を見て、さっきまでの傲慢な表情は一瞬で消えていた。
相手が女一人ということで大きな口を叩いていたが、実業団クラスの人間が相手ではまず勝ち目はない。何せエンゾはアマチュアの大会でさえ、優勝はおろか入賞したこともないのだ。エンゾが勝てるのは、彼が参加者を選べるこの『ジロディ箱根』だけだ。
「さあ、裕美さん! こんな奴らは相手にしないで、そろそろ『サイクリング』に行きましょう。まあこの人達が付いて来なければ、俺達の不戦勝ってことですし」
「そうそう、自分より弱い人しか相手にしない連中ですから、本当にドタキャンしそうですよ。放って置いて行っちゃいましょう」
「き、貴様ら、ふざけんじゃねえー! このジロディ箱根で、俺達が逃げる訳ねえだろう!」
エンゾが顔を再び真っ赤にして怒鳴り返えす。
「こらっ、テル、ユタ。挑発はよせ!」
「おっと、店長、すいませんでした」
「でも、これ以上ここに居てもトラブルになるだけですよー。早く行きましょうよ」
テルやユタがスタートしようとした時、裕美が声を挙げて二人を制止した。
「ちょっと待ちなさい。エンゾさん、これからレースなんだからヘルメットを被りなさい。ヘルメットを被らないなんて、事故が起きたらどうするのよ?」
「ふん、ヘルメットを被るなんてのは下手糞な野郎がやることなんだよ。プロだって昔はヘルメットなんか被ってなかったんだ。ヘルメットを被るなんて自分は下手糞だって言っている様なもんじゃねーか? 俺達は魂を磨く為の走りをしているんだよ。そんな物は邪魔なだけだ」
「そうだ、そうだ! オレ達は『自由』なんだよ。それに車道では自転車が優先されるんだ。車の方こそが身勝手で邪魔なんだよ」
「車なんて馬鹿が乗るもんだぜ。余計な税金を払って、汚い空気を撒き散らして。文字通り『面汚し』って奴らだよ」
 アッハハハ……。
 もう、この人達とは無理ね……。
 この人達は他人の意見を聴く様な耳を持っていない。彼らは「車が悪い」、「オレ達は他人よりエラい」と身勝手なことを言うだけで、自分達の意に沿うものだけを正義と信じている。自分達が「正義」だと信じている連中ほどタチの悪いものはない。弁護士の世界で、こんな人達を裕美は嫌になるほど見て来た。法律という武器を手に入れた彼らは、社会や組織に反抗することで自分だけの正義とその偽りの正義を信じる 人達だけの世界に引き籠れるようになるからだ。エンゾ達も同様だ。『ロードバイク』という武器を手に入れ、他人やメディアに迎合されて、完全に自分を勘違いしてしまったのだろう。
「裕美さん、これ以上何を言っても無駄ですよ。スタートしましょう」
「分かったわ、店長さん。こんな人達、放って置いて行きましょう」
「こらー! 俺達より先に出発するんじゃねー!」
「先にスタートするつもりか? 卑怯じゃねーか!!」
「もう、五月蠅いわね! それじゃ5分後に出発するから、用意してね!」
こんな言い争いの中で、最高峰のサイクリング『ジロディ箱根』はスタートしたのだった……。

「先に行くぜー! お前等はもう俺達の姿を見ることも出来なくなるだろうけどなあー!」
スタートするや否や、エンゾ達は裕美達を置き去りにして一気に走り出した。
エンゾ達4人のトレインは、かなりのスピードで湘南海岸沿いの国道134号線を走って行く。少しずつではあるが、裕美達と差が開いて行った。
「店長さん、あの人達に先に行かせちゃってイイの?」
「大丈夫ですよ。こういったロングライドでは序盤は体力を温存しておくのが基本です。体力を使い果たして、いざという時に走れなくなってしまいますからね。それに箱根までは信号の多い国道を走ることになります。せっかくスピードを上げても信号で止められては体力のロスになるからですよ」
「わたしはもう少し速くしても平気よ! まだ余裕はあるわ!」
「裕美さん、まずは安全第一です。車の多い道路で競り合って、事故に合うことは絶対に避けなくてはいけませんからね」
「でも、このまま追い付けなったら……?」
「心配してなくて大丈夫ですよ。ちゃんと箱根までには追い付けますから」
「そうそう、裕美さん! 大船に乗ったつもりで安心して下さいよ! 俺達が後で一気に追い抜いてやりますから。裕美さんは今日はマイペースで走っていて下さい」
「ダメよ、テル君! 店長さんやテル君だけに任せちゃダメなの! 私だってあいつらを追い抜いてやるんだから!」
「裕美さん、テルの言う通りですよ。今日の勝負はテルとユタに任せて、裕美さんはマイペースで走って下さい。二人なら必ずエンゾ達に勝てます」
「店長さん! それじゃダメなのよ! テル君やユタ君が勝っても、あの人達は自分より遅い人達を馬鹿にし続けるわ。わたしがあの人達に勝って女だって走れるってところを見せなきゃ、また舞をいじめたりするわよ。わたしが勝たなきゃダメなの!」
「しかし……」
「お願い、店長さん! わがままだって分かってるけど、わたしに力を貸して!」
「……分かりました。今日は僕が裕美さんをアシストします。ペーシングや補給は僕に任せて、走りに専念して下さい」
「ありがとう、店長さん! わたし絶対勝つわ!」
そんなやり取りを聞いていたテルが裕美の横に並び、裕美の横顔を見つめつつポツッと呟いた。
「……裕美さん、カッコイイっすよ……。俺惚れちゃいそうです……」
「テル君たら、こんな所で何言ってるのよ!?」
「いや、ホントですって……。裕美さん、このレースであいつらに勝ったら、ちょっと付き合って下さいよ?」
て、テル君、本気なの??
?○&♪!▲#◎%――――?
テル君、あなた何を考えているの!? そういうとこが子供なのよ!
ロードバイクの上で告白なんて、ロマンスの欠片もないじゃない! 女の子はハーレクインの小説みたいなロマンチックで情熱的な告白を待っているのよ。
しかも前振りもなく告白なんてー!? ドラマチックな盛り上がりもない告白なんて、女の子は絶対に断っちゃうんだからね!
――とまあ、お姉さんから『お説教』の一つでもしてあげたいところだが、裕美も心の動揺は隠せなかった。
年下の男の子のあまりの『直球勝負』だ! 
こんなデリカシーのない場所で突然の告白だけど、それだけに彼の素の気持ちが感じられて心が動いてしまう。突然の告白に裕美の胸が高鳴る。