花少女
妹は私のそういう苦悶を見通した表情で、静かに言った。
「お兄様、私、この頃考えるの。生物は、皆死んでしまうでしょう? でも、それは死ぬのではない。そうではなく、ただ形を変えるだけなんだわ」
いきなり何を言い出すのか、とたじろぐ私に、妹は尚も言葉を重ねる。
「例えば、私が死んでしまったとするでしょう……」
私はぎょっとしたが、妹は構わずに先を続ける。
「そうすると、私は焼かれて灰になるでしょう。そうして、灰にならなかった部分は煙と一緒に空気に混ざる。空気に混ざった私は、雲になり、そして水滴になって地上や川に溶けていく、地上に混ざった私は植物に吸い上げられて、やがて実りをもたらす。その実りは、きっと何かの動物が自らの生命の糧にするでしょう。そうしたら私は、その動物の一部になって生きることになるの。やがてその動物から排出されるかその動物が死んでしまうか何かして、そうしたら私はまた地に還るか、他の動物の中へ入っていく……。地上に混ざらずに川に入った私は、水の流れに沿って長い旅をするでしょう。そして、やがて海にたどり着く。全ての生命がいつかはそこに還る場所、広大な海へ。そこで私は限りない生命の循環を体験して、漂うの。そこには様々な営みがあるでしょうね。きっと、私は多くの生物の中で生きることになるわ。でも、それは私が姿を変えているだけ。人間としての死はあっても、本当の意味で、生命に死は訪れないのよ。今のこの私の肉体から私という意識が消え、魂が消えてしまったとしても、私という存在は決して消えない。私は何かに姿を変えて、いつまででも生き続けるんだわ」
夢見るような妹の言葉に、私は、哀しみではない、ある種の恍惚を感じた。
全ての生命がそうして循環し続ける世界。妹も、そしていつかは私も、その輪の中に組み込まれる。いや、すでに私たちは組み込まれているのだ、生命である以上。私は最早私だけではない。私は、今まで生きて生きた中であらゆるものを、「私」という本質以外のあらゆるものを、この身に取り込んで生きてきた。それらは全て私の血となり肉となり、思想となり言葉となった。
生命はそれ自身だけで成り立っているのではない――妹は自分の死を感じ、そしてそこからこの考えにたどり着いたのだ。
全ては循環する。
そう考えることの、何と深遠で畏れ多いことか! しかしそれは同時に、とても甘美な思想に他ならなかった。それは、そこから必然的に、別れというものが排除されるからに違いなかった。私と妹が人間の肉体としての別れを体験するのは避けられないことだが、この世界の生命が循環し続けるのだとすると、私と妹に、本質的な別れというものは決して訪れない。
花に埋もれて死ぬ妹が焼かれて煙や灰になり、雨になりして降り注ぐ。その水を糧にして育つ植物の実りを、私が口にしたならば。
私が口にしたならば。妹は、妹という存在は、私の中にその生命を宿すのだ。私は、妹と完全に一つになるのだ。それは、何と魅惑的な考えだろう! それならば、妹の死は妹の喪失には繋がらない。私は人間の肉体を持った妹を失うかもしれないが、それはほんの些細なことでしかないのだ。妹という存在は巡りめぐって、私の元に帰ってくる……間違いなく帰ってくる! ああ、そして私は――。
「お兄様、こういうことを考えるのは、おかしなことでしょうか」
その問いに、私は首を振ってみせる。
「いいや、おかしいことなんてないよ」
妹は先ほどまでの熱に浮かされたような言葉とは打って変って、打ちひしがれたように俯いていた。どうしたと聞くと、顔を上げて、なんでもないわと答えた。宮子のような応答に、私はニ、三度瞬きをする。
「そうだ、小夜子。花を見せてくれないか」
花、とは無論妹の体に巣食う白い花である。妹もそれを承知していて、私に点滴をしていない右腕を差し出す。妹の白い寝間着を少しめくると、そこに、その花は咲いていた。妹の腕から、今にも青白く発行しそうな長っ細い茎がゆらゆらと揺れる。その茎の先に、真っ白い小さな花がぽつんと咲いているのだった。それは桜に似ていたが、桜とは違った。鼻を近づけると、微かに香りがした。これはもしかして妹の血の匂いなのではないか知らん、と私は密かに思う。
「お兄様、」
妹が不安げに、私と、自分の体に咲いた花を、じっと見つめている。
ああ、この花、と私はそれを凝視した。この花さえなければ、妹はここまで衰弱しなくても済んだ。この花さえなければ、妹は。この花さえ、この花さえ。