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花少女

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「小夜子、」
 私はしかし、花を憎みながらも同時に愛しさを覚え始めていた。それはひとえに、その花が妹を養分にして育っていることに由来していた。正にそのために私は花を憎むのであったが、その憎しみの中に、妹に対する愛情に似た感情が隠されていることに、私は気付いていた。花は、妹の養分を吸って生きている。それは即ち、妹と同体であるということのようにも思える。私はそのせいで妹のためにその花を憎み、それと同じ強さで愛おしさを感じているのだった。その愛おしさが、私を苦しめた。妹を蝕むモノに愛着を感じ始めていることに、罪悪感を覚えずにはいられなかった。
「美しい花だね」
 私はようやくそう言って、妹の寝間着にそれを隠した。これ以上見ていると、妹の苦しみを承知で、茎ごと抜き取ってしまいかねない。妹は私が最初にそれを目にしたときの振る舞いを覚えていたのだろう、ほっとしたように私を見、笑んだ。
「そう言ってくださるのは、お兄様だけだわ」
「桜に似ていると思うんだ……どうだろうね」
「本当に、その通りなのよ。香りも、微かだけれど似ているでしょう」
 その言葉は、妹が一度、自らに寄生した植物に顔を近づけたことがあるということを意味していた。その情景はたやすく私の胸に浮かび、救いのない清浄さに包まれた、絵画に見えたような感動を呼び起こした。寝台に横たわったままで、自らの腕に生えた植物を見、そして静かに顔を近づける妹。……なんと悲しい情景。
「杉木医師は、何と……?」
 私の問いに、妹は静かに答える。
「きっと、大丈夫だから、と」
 杉木医師は、もう妹が助かることはないと思っているのだ。そして、それは恐らく本当になるだろう。妹は、もう助からない。妹もそれに、薄々気付いているのだ。だから、さっきのようなことを考えてしまうのだ。
「お兄様、私、きっともう助からないでしょうね」
「…………」
「いいの、分かってます。きっと私は、このまま花に埋もれて死んでいくのね」
「…………」
 妹は静かに穏やかに、目を閉じながら言った。
「ねえお兄様」
「何だ」
「私が死んだら、」
「そんなことを言うものではない」
 私は妹の傍まで椅子を置いて移動した。不安に脅えているからそういう言動をするのだと思い、昔のように頭を撫でてやると、にっこりと微笑んだ。
「私のことを忘れないでいてくれますか」
「勿論だ」
 私は妹の手を取り、肯く。
「雨が降ったら、私がその水滴の中にいると思って、立ち止まってくれますか。何か物を食べる時に、私がその中にいると思って、味わってくれますか。海を見る時に、空を見る時に、庭に咲く花々を見る時に……いつでも、私のことを思い出してくれますか」
 震える唇で、それでも声を荒げることなく、妹は言った。私を見つめて、私が握った手を握り返しながら、静かにそう尋ねた。答えを待ち望んでいる瞳の中に、泣き出しそうな表情の私が映っている。
「当たり前だよ、勿論、小夜子のことを忘れたりなどしない。いつでも思い出す、いつでも忘れない……。だから、そんなことは言わないでくれ。そうだ、そういえば、庭に蝶々がやって来たんだ。お前の好きな黒揚羽も、白いのや黄色いのに混じってやって来た。そう、それに父さんが桜の苗木を買ってきてくれたことも思い出したんだ。そうだ、そうだよ、お前と一緒に二人だけで花見をしたことも思い出した、お前が桜を好きだと初めて言ったときのことだよ、思い出したんだ……まだまだ、僕が思い出していないことがたくさんあるはずだ、小夜子、一緒に思い出してくれ。それにほら、……林檎だって、結局食べずじまいじゃないか、また買ってくるから、一緒に、今度こそ一緒に、食べよう……」
 いつの間にか涙が止まらなくなっていて、私は妹の肩を抱いた。
「だから頼む、小夜子、死なないでくれ……」
 妹は自由な右腕で、母親が子供をあやすように私の背中をさすり、耳元で、微かな声を振り絞って言った。
「……大好きでした、お兄様……」
作品名:花少女 作家名:tei