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花少女

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 春は去った。
 陽気な日の光が、町中を闊歩していた。その足跡には、未だその輝きを失わない光の粒が瞬いていた。人々が、それぞれの人生とともにその光の中を歩んでいく。私はその中に加わることが出来ずに、建物の陰を静かに歩いた。時折聞こえる鳥の鳴き声だけが、私を世界に引き戻すことの出来る、唯一のものだった。
 桜は既にその全盛期を終え、花見客の姿も今は何処、瑞々しい緑色の葉が繁るばかりだ。妹の病室から見えるあの老木だけが、この町では花を残しているようである。
 夏を迎えようというこの一時期に、全ての生命が歓喜に包まれ、忙しなく蠢いていた。それは春の息吹とは違う。芽吹くものではなく、躍動するものだった。全てが、何かを期待しているように、弾んでいた。しかし彼らは気付かないのだ。自分たちがどれ程美しく輝いて見えるかということに。私のように、それを遠くから眺めているものにはよく分かる。懐かしい輝き――それは確かに、以前まで私の手の中にあったものだった。
「おお、神崎」
 これもまた懐かしい声の響きで、正二が私を引きとめた。正二は、一足先に夏を先取りしたような薄着をして、団扇を持っていた。私とは違って、この町の雰囲気によく合っている。調和している。心も、乱されることがないのだろう。
「ああ、……正二か」
「なんだ、どうも何時にも増して鬱々とした顔をしているな。大丈夫か?」
「ちょっと疲れているだけだよ」
 そうか、と正二は肯いたが、納得しかねている様子だった。彼は昔から勘が鋭い人間で、私の過去の悩み事のいくつかは彼によって発掘され、彼によって解決されたものだ。そういう気風の良さが私の性格に一条の光りをもたらしてくれている事は最早明確だった。だが、今はその光りさえ、きちんとした形で私の中に差し込むか怪しい。何か歪んだ、歪な矢印のように私の中に入ってくるのではないだろうかという気がする。
「そんなに疲れているのなら、まあ無理には誘わないが……どうだ、一緒に祭りにでも行かないか。妹君に林檎飴とか何か、まあともかく土産を買って行ってやると喜ぶんじゃないか」
 久しぶりに会ったことだし、と正二は続けた。
「丁度今時期、珍しい時期だが、祭りをやっている神社を知っているんだ。ほら、囃しが聞こえるだろう」
 耳を澄ませると、確かに何処からか、風に乗って祭囃子の音が聞こえてきた。意識するのとしないのとではここまで違うものか、と意外な心持がする。正二は団扇を扇いで、私の反応を窺っていた。恐らく、私を気遣ってくれているのだ。村沢正二という男は一見すると我の強い傲慢な人間に見えかねないが、その実、気配りの出来る優しい男なのだ。正二と会話するだけで、調和を乱すだけの存在である自分も、陽光の中にいて良い存在であるような気になってくる。
「そうだな……」
 私が呟くと、正二は傾きかけた私の心をそのまま引っ張るように、笑顔になった。
「そうと決まればさあ行こう。こんな日陰にいたのでは、益々落ち込むばかりだ。歩きながらゆっくり話でもしようじゃないか」
「……そうだな。行くか」
 本当はこれから妹の見舞いに行こうと思っていたところだったが、落ち込んだ気分のまま妹に会うことは出来ない。正二と一緒に祭りに行けば、少しは気も晴れるだろう。
 私が肯くのを見て、正二は満面の笑みになった。
作品名:花少女 作家名:tei