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花少女

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「この頃は暖かくなってきて桜が云々、というのは、どういうことを書いてらっしゃったの」
 妹が、寝台に横たわったままで私に尋ねた。
「ああ、それは、そのままのことを書いたんだ。桜の蕾が膨らんできたから、花見をしたことを思い出します、と」
「そうなの」
 妹は肯いて、
「分かったわ。お兄様の手紙にはきっと、事実しか記されていないのでしょう」
「事実しか?」
「ええ。何といえば良いかしら、その、桜についての部分でも、お兄様は花見のことを思い出す、と書いただけなのでしょう。例えば、その桜を見てから、どういうきっかけでお花見のことを思い出したのかとか、昔行ったお花見はこうこうこういうところが楽しかった、とか……。お母様はきっと、そういうことをお聞きになりたいんだわ」
「そういうものなのかな」
「そうよ、きっとそうに違いないわ。私、お母様の気持ちはよく分かるつもりよ」
 妹は胸を反らし、自身の自信を示した。私は、妹の言うことも何となく分かったため、曖昧に肯いて、そうなのかもしれないな、と呟いた。妹は、そうなのよ、と肯く。
「そういえばお兄様、ほらご覧になって」
 妹が示したのは、窓の外から見える桜の大木だった。
「もう、あんなに満開になったのよ。昨日まではあの半分ほどだったはずなのに。木というのは面白いものね」
 妹はふふ、と笑った。この頃ますます白くなった顔に、陽光が映える。その顔を真っ黒な髪が縁取っていて、ただでさえ白い顔が余計に際立つ。もうそれは白いと言うよりすでに輝いているかのようだった。私は、桜より何より、妹の様子のほうに興味を惹かれてならなかった。しかし彼女は私の視線に気づいた素振りも見せない。今が盛りとばかりに咲き誇った桜の花に、必死と言ってもいいほどに懸命に、眼を凝らしていた。本当に、妹は桜が好きなのだろう。
「本当に、ここの桜は綺麗だわ。ね、お兄様もそうお思いになるでしょう」
「そうだな」
 私も、妹と同様に桜に目を向ける。桜の花々の中には気の早いのもあるようで、すでに幾片かが、病院前の道路に散らばっていた。病院に向かってくる人たちは、ある者は無造作にそれを踏みつけ、ある者はその一片を拾い上げ手帳にはさむなりして、歩いてくる。妹と私はそういった人々の仕草を仔細に観察しては、好き勝手にそれを評したりなどした。そして時折、昔家族で花見に行ったことなど、思い出話に花を咲かせたのだった。
 しばらくそうしていると、不意に妹が、思い出したように声を上げた。
「そういえばお兄様、覚えてらっしゃる? お父様が珍しく桜の苗を買ってきてくださった時のこと」
「苗」
 はて、と私は首を捻った。そんなことがあっただろうか。
「でもお父様はその苗を、埋める前に駄目にしてお仕舞いになったの。……お兄様、お忘れになったのね」
「ううん」
 私は記憶の中を探る。が、思い当たる節はなかった。そもそも私の記憶の中に、父親の面影と言う物は随分と希薄だ。私が小さいころから父は海外に働きに出たり、家にいても書斎に引っ込んでいたりして、私と顔を合わせることが少なかった。妹が父のことを話題にしただけでも、私にとっては驚くべきことであった。
 私がなおも考えを巡らしていると、妹はふと口をつぐんだ。つられたように、私も黙った。暖かい病室に、静けさが再び訪れる。
 妹は、いつも一人でこの静けさの中にいるのか。この、穏やかでありながらどこかうら寂しい、静けさの中に。
「お兄様、」
 妹が、私を呼ぶ。
「あのね、笑わないでお聞きになって」
「何を言おうと、僕は笑わないよ」
 真面目な顔をして肯いてやると、妹はおずおずと声を出した。
「……変な夢を見たの」
「夢」
「ええ。……私に、私の身体から、……」
 そう言い掛けてから、妹はまた口を閉じた。
「どうした、小夜子」
「……」
 私の問いかけに、妹は答えない。そしてそのまま、やっぱり良いわ、と笑って、その話を中断してしまった。私は気になってその続きを促そうとしたが、その時妹の様子がおかしいことに気づいた。呼吸が浅く、咽喉の辺りと胸元を押さえている。そして、一つ二つと咳をした。と思う間に、その咳は呼吸を妨げるほどの勢いを持ち、止まらなくなった。げほ、げほという咳の合間に、ひゅーひゅーという喉の立てる音が目立つ。妹の顔は苦しそうに歪み、話の続きどころではない。
 私はうろたえ、ナースコールという器械のことも忘れて、病室の扉から慌てて駆け出して行った。
作品名:花少女 作家名:tei