花少女
4
いつものように病室へ行くと、妹は便箋を掲げて、何やら熱心に読んでいた。誰かから来た手紙のようだ。大体、彼女に来る手紙の差出人など高が知れているので、私はさほど興味を抱かないで椅子に座る。妹はそのとき初めて私に気がついたようで、便箋を畳み始めた。がすぐに止め、また広げなおした。手紙を、私に見せようか見せまいか迷っているのだろう。そう考えて、私は聞いてみることにした。
「誰からの手紙だい」
「お母様からよ」
「ああ、母さんか」
私は納得し、肯いた。一ヶ月に二度ほど、母は妹と私に手紙を寄越す。私も妹もきちんとそれに返事をしたため、私がそれを投函するのだが、そういえば今月は私のところに手紙が来ていない。妹の方に優先して送っているのかもしれない。
「僕の方にはまだ母さんからの手紙が届いてないな。母さん、何か書いてたかい」
妹は、彼女には珍しいことに、苦笑いのようなものをもらした。
「それがね、お兄様。ご覧になればお分かりになるわ」
妹は何やら含みのある言い方をして、便箋を差し出した。受け取って見ると、三枚あるうちの、二枚目の下ほどに、私に関する文章がしたためられている。
『小夜子、それにしても貴方のお兄様は薄情な人で、私が四枚に渡って手紙を送ったというのに、それに対する返事がたったの一枚、それも便箋の中ほどまでで終わっているのです。近況の報告どころか、貴方の病状についてもほとんど触れていません。これでは何のために私が手紙を送っているのか分かりません。貴方のお兄様の報告といったら、最近は暖かくなってきて桜がどうの、など全く要領を得ないのですからね。なので、お兄様には悪いかもしれないけれど、当分は貴方に、余分に手紙を送りますからね。お兄様には、まともに返答が出来るように訓練して置くようにと伝えて置いてくださいな』、云々。
「可笑しいでしょう」
妹はくすくすと笑った。私は返答に窮して、とにかく妹にその便箋を返却した。妹は笑いながらそれを受け取ると、すぐに畳んでしまった。私は、笑うべきかそうでないのか、どうも判断に苦しみ、頭を掻いた。
「お兄様、お母様は内容の濃い短文よりも、内容が薄くても長い文章をお好みなのよ。お兄様だって、分かってらっしゃるはずよ」
「それはそうだがな。でも、母さんが望む文章なんて、僕には分からんよ」
「そうかしら」
妹は首をかしげた。
「でも、お兄様。やっぱり便箋一枚の途中まで、というのはいけないわ。いくら書くことがないとしても、最低二枚はお書きになったほうがよろしいわ」
「そんなことを言われても」
私には、本当に書くことなどないのだ。日々の生活にしても、これこれこういう授業を何処何処の教室で行い、など、いちいち書いていたらきりがあるまいし、また母もそういうものを求めているのではないだろう。では、逐一妹の様子について書けば良いのかと言えば、そういうわけでもあるまい。妹の様子など、妹の手紙からうかがい知るほうが、余程手っ取り早い上に正確であるのだから。
しかし母がそれを望んでいるのなら、書いたほうがいいのかもしれない。妹の病状について、と簡単に書いてあるが、これは結構難しい。妹は我慢強い性質であるから、ちょっとやそっとの痛みや発作は他人(これには医者や看護婦も含まれる)に教えることはない。そのため私が妹の様子を正確に書き記すことなど不可能だ。となればやはり、そういったことは妹に直接お伺いを立てるしかない。妹は人の気分を逆なでするのを極端に嫌う傾向があるので、私が余計な心配をすることを恐れて、本当のことを言おうとはしないだろうが。
とすると、…………他に何か書くことがあるだろうか。