恋の掟は冬の空
正面玄関から
「おっ 柏倉君、退院ですね、さすがに俺の腕がいいから、退院も早いねー、ね、婦長・・」
「はいはい、それもありますけど 私たちの看護もですよ、先生」
山崎先生と婦長が笑顔で迎えてくれていた。
「ありがとうございました。おかげさまで、なんとか自由の身です。ここも好きだったんですけど、ずーっとってわけにはいきませんから」
「いろいろ、お世話になりました。婦長さんには、面会時間過ぎてもなかなか帰らなかったのに、見ないふりをして頂いてありがとうございました」
「あら、そうだったかしら・・」
直美も一緒に頭を下げてくれていた。
「その足の骨って直ったように見えるけど、まだ完全じゃないから、直美さんが無茶しないように見張っててあげてね」
「はぃ、性格知ってますから、大丈夫です」
婦長に直美が笑顔で答えていた。
「じゃぁ、俺は、ここで、えっと、柏倉君、昨日言った日に外来にね」
「はぃ 1月の5日ですね」
「そう、では 退院おめでとう。よくがんばりました」
「いえ、こちらこそ」
相変わらず忙しくて良く寝ていなそうな顔の先生だった。
「先生、いろいろありがとうございました」
「いやー、君も大変だったね、家に帰ったら、お礼いっぱい柏倉君にしてもらいなさいね。じゃあ いかなきゃいけないから、お大事にね」
「はい」
忙しそうに歩き出した山崎先生に直美がうれしそうに返事をしていた。
足音を響かせた後姿に、2人で一緒に頭を下げていた。
見かけはさっぱりだったけど、噂ではやっぱり若いのに腕がいいって評判だった。
「みんな、救急患者さんとICUからこっちにの患者さんで病棟まわってるから、私以外にナース誰もいないのよね・・・ごめんなさいね」
「いいえ、退院する俺より、ベッドの人のほうが大切ですから、いいんですって。看護婦さんてほんと忙しいし・・入院するまでこんなに大変だって知らなかったし」
「そんなことないのよ、退院する人見送らないと、やってられないんだから、それが元気の素なんだから、私たちの・・みんな、昨日から柏倉君退院ねって言ってたんだから・・みんな見送りたかったはずなんだから」
「そうですか、ありがとうございます、こっちこそ 一人ひとりにお礼言ってまわらないとです、ごめんなさい。婦長さんから、よろしくお伝えください」
「わたしからも、お願いします」
一緒に直美も頭を下げてくれていた。
「では、婦長さん失礼します、お世話になりました」
「いいえ、お大事にね」
お礼を言ってエレベーターに向かうと、婦長さんはそこまで見送りにきてくれた。
直美がエレベーターの前で夕子ちゃんの頭をなでていた。
「じゃあ、悪いんですけど、バイト入ってるんで・・」
新宿駅で叔父の車を降りて、なんか急ぎ足の兄貴が雑誌社のバイトに向かっていった。
「あいつ、なんのバイトしてるの」
「月刊誌の取材の手伝いみたいだけど、よく 俺も知らないんですけど」
「ふーんそうか、あっ、家でお昼食べてきなさいね、うちのが朝からお祝い作ってるから」
車を左折しながら、予想通りに叔父さんに言われていた。
「はい、すいません」
いいながら、やっぱりねって直美と顔を見合わせていた。
「直美さんばっかりに いろいろ任せちゃって悪かったわぁって昨日からうるさいのよ、今朝は早くから台所にずーっと立ってるし・・」
「そんな事ないですよ、叔母さんにもいろいろ、してもらったから」
「あいつも、今月は教会とかで、急がしかったみたいだからね」
「イブにはお見かけしたんですけど、叔父さんには挨拶も出来ないで、すいませんでした」
「うーん、一緒に、劉ちゃんと2人で教会のミサに来てたんだってね。こっちこそ急いでたから」
「とっても 素敵なクリスマスイブでした」
思い出してうれしそうな顔で直美が話していた。
「でもさ、聞いちゃうけど自転車なんかで よかったの・・」
「欲しかったんですよ、すごーく」
「そうかぁー 家に置いてあったからね。これってうれしいのかって、うちのに聞いちゃったからさぁ」
「すごーく うれしかったんですよ」
大きな声の叔父に大きな声で直美が答えていた。
「劉も、おそろいで、自転車買っちゃいましたから、足が治ったらサイクリングで叔父さんの家にも行きますね」
「へー、そうか、その足っていつギブスが取れて、きちんと治るんだ」
「うーん1月中には治って平気だと思うんですけど・・」
自分でも良くわかっていなかったから自信はなかった。
「そうかぁ、ま、無理しないようにだな」
右に曲がると教会が見えていた。クリスマスイブには夜だったから昼間の教会は久々で、少し茶色になった場所もあったけど、あいかわらず綺麗な緑の芝生が広がっていた。それを眺めながら洋館にだった。
「わて、日曜の礼拝抜け出して、遊んでますよって、誰にもいわんといてやー はよ あがりいぃやー」
玄関を開けながら、入り口で挨拶をすると、叔母さんの声ではなくステファン神父の大きな声が先に響いていた。
顔を見あわせて、3人で笑っていた。
司祭は、お昼の聖子叔母さんの食事をこの時間から待っているようだった。
「こんにちわ、おじゃまします」
叔父にうながされて部屋にあがりこんだら、それは間違いで、ステファン神父はもう、並んだご馳走をおいしそうに食べているところだった。
「あんたらおそいよって、先に食べてもうたわ、うまいでっせー」
いいながら大きな笑い声を響かせていた。
時間はまだ11時にもなっていなかった。
「さ、みなさん はよ 座りなはれ」
「わ、かわいい」
直美がおもわず声を出していた。
「これな、昨日教会に捨てられてましたんですけど、あんまりかわいいよって、聖子さんに無理やりいって、ここで飼ってもらうことにしましたんや・・かわいいでっしゃろぉ、メスですねん。わてのこと大好きみたいでっせ。わても まだまだもてますわ、ねぇタマちゃん」
大きな手でひざの上の小さい猫の頭をなでながらだった。
さすがに直美が隣で笑って、叔父はいつものことって顔で座っていた。
ま、聖子叔母さんが生まれるよりも早くステファン神父がこの洋館に出入りしてたんだから、仕方ないかって、俺は笑っていた。
この洋館にとって1番古い知り合いは台所で笑っていた聖子叔母さんでもなく間違いなくステファン神父だった。