恋の掟は冬の空
宴会はいつもどおりで
「へぇー たまちゃんって言うんだ・・叔母さんが決めたんですかぁ」
「いや、今 わてが決めたんですわ、ねぇー たまちゃん・・」
直美の質問に、小さな猫の頭をおおきな手でなでながらステファン神父がうれしそうに答えていた。
「よろしいでっしゃろ、いい名前で・・なぁ、聖子はん」
「はぃはぃ、 おたま、でいいですよ」
「いや、おたま じゃのうて たま ですよって・・」
「わかりました、 たま ですね、さ、全部出来てないんだけど、お箸、つけちゃってくださいね」
もう、テーブルの上にはいろんな料理が並んでいた。
「叔母さん、手伝いますよ」
「いいのよ、もう出来あがるから 直美ちゃんはそっちにいてね」
「すいません。じゃあ グラスだけ出しちゃいますね」
「ごめんなさいね、直美ちゃん」
「さ、ほなら、全員座ったところで、ちーっとお昼には早いみたいやけど、退院祝って乾杯しましょ」
「そうですね、始めますか」
自分の家のようなステファン神父の言葉に叔父が答えていた。
「ほれ、あんたらも、飲みなさい」
グラスを持ってビールを勧められていた。神父はもう日本酒をおいしそうに飲みながらだった。
「頂いてもいんですか、まだ19歳と18歳ですけど・・・」
もちろんお酒は飲んでいたけど、まだ未成年だったからいちおう、お伺いをたててみた。こんなところで、子供の時みたいに 神父からお説教はかんべんだった。
「飲んでよろしいがな、酒なんて迷惑かけなきゃ、何歳で飲んでもいいがな。わてアメリカ人よって18歳から飲んでまっせ、ま、この日本酒はこっちに来てからですわ、ほんまうまいわ、これ」
「ほな、乾杯しまっせー 退院おめでとうさん、かんぱーい」
目の前には 叔母がつくった料理と、おいしいお刺身なんて病院じゃでないもんねって言いながら出された、大皿にのった刺身の盛り合わせだった。
「しっかし、病院ってのは、どうも嫌いですよって、あんまりお見舞いにいかんとすまなかったわ」
「いいえ、神父さんがちょくちょく来たら、太りすぎで、医者につかまりますから・・」
「若い頃は スマートやったんですけどなぁ・・」
「俺が小さい時も、そんな感じでしたけど・・」
「あんさんと、同い年ぐらいの頃の話ですがな、日本に来て、困ったあ言うて泣いてた頃ですがな」
日本酒を飲みながら上機嫌で、話していた。もちろん、まだ猫を抱えてだった。
「ま、しっかし、仲ようやってますのか、直美さん」
「はい、おかげさまで、教会でお祈りしたおかげですかね・・」
「そりゃあ、ないわ、そないなもんは関係ないんですわ、おっ、言いすぎやろか・・祈っただけでなんでも、通じるなら教会なんかいりませんわ・・祈っても悩む心に教会はありますのや、神さんもやな・・あっ これは ここだけの内緒にしたってや」
みんなで なぜかうなづいて、それぞれに聞き入っていた。
声のでかい叔父も、神父の前ではなぜかいつもどおりにおとなしい姿だった。
「あれ、静かは嫌いですよって、さ、もっと飲みましょ・・」
「はぃ ステファンさん、どうぞ」
叔母が日本酒をグラスにそそいでいた。
叔父さんもうれしそうに日本酒を飲んでいた。
「歌でも歌いたいところやけど、教会まで声が聞こえると、何してますのっていわれますよってなぁ」
「若い方々も、後でいらっしゃるんでしょ」
聖子叔母さんが若い神父さんたちもお昼に誘っていたらしかった。
「はよ、今日はミサ終わらせて、ここに来るように言ってきたんやけど、まじめなだけで、ゆうづうきかんから」
「まじめで、いいじゃありませんか、みなさんとってもいい人ばかりで・・」
「まじめだけで 神父なんかできると思ったら大間違いですわ、ま、若いのにはなかなか、わからんやけどな・・あと10年わても出来るかどうかわからんけど、まだまだ教育せんとですわ」
「あと20年はしていただかないと 困りますから・・」
「そりゃあ 大変だわ、でも毎晩ここでご馳走いただけるんなら がんばりまっせ」
巨漢が笑いで揺れて、叔母さんもうれしそうに笑っていた。
子供の頃から、ここで どんな宴会でご馳走を食べてもステファン神父の独演会だったけど、今日も、相変わらずでうれしかったし、直美も楽しそうに食事をしていた。
しばらくすると2人の若い神父さんもやってきて、じゃんけんに負けた1人が教会のお留守番らしかった。
「さ、遠慮しないで 食べて飲んでってね」
「こんな ご馳走は教会では食べられへんから、聖子さん言うようにいっぱい食べておきなはれや」
「お酒も、ゆっくり飲んでいきなさい」
叔母と神父と叔父と順番にだった。
もう時間は1時半になっていたから、全員が少し顔を赤らめてだった。もちろん直美も俺もだった。
「教会にお弁当置いて来ますからね」
叔母が台所にたって、お留守番の神父さんになにか持って行ってあげるらしかった。
「私が、行ってきます、叔母さん」
「いいのよ、すぐだから、座ってて直美さんは」
「あっ 俺も行ってこようかな」
詩音のとこにも、行っておかないとだった。
「そう・・じゃぁ お願いしていいかしら・・」
「いいですよ、すぐに戻ってきますから」
叔母の手から 直美がお弁当をもらって、二人で、庭から教会への扉を開けていた。この扉は3月に開けて以来だった。なんとなくだったけど、やっぱり、思い出がありすぎた扉だった。
「お墓まいり行きたかったんでしょ、劉」
「うん、でもわかったよ、直美が言い出した理由もね、ありがとうね」
「さ、足元に気をつけてね、ここって木の根っこがでこぼこしてるから」
「そっちでしょ、気をつけるのは、杖ついてるんだから・・」
「俺は、よく歩いた場所だから・・」
「子供の時でしょうが、それって・・」
「でも、覚えてるもん」
「はいはい、気をつけますね」
少し酔った顔で笑いあっていた。
「叔母さんの家に戻ったら、少し休ませてもらおうか、おなかいっぱいになっちゃったし・・」
「うん、わたしも おなかいっぱい、少しだけ横になりたいや・・」
考えてる事は一緒だった。
教会の執務室に寄って、詩音のお墓にいくと、もう詩音のために料理が置かれていた。
一緒に退院の挨拶を直美としながら、イブに約束したチョコパン持って来るのは今度ねって謝っていた。そんなに いっぺんには食べられねーよって声が聞こえてきそうだった。
「ねぇ、今日は何時になったら 2人っきりになれるかな・・」
「うーん 今日中は無理かもよ・・夏樹も大場もだから、12時過ぎちゃうかなぁ」
「そうだねー、きっと・・」
「はぃ」
ちょっとのつもりだったけど、少し長めのキスをしていた。
寒空の中で、ほほが 少し赤くなった恥ずかしそうな直美を見つめていた。
「そんなつもりで 言ったんじゃないのに・・」
言いながらうれしそうに腕を組まれていた。
背中で詩音には、ほんとうにごめんなさいだった。