恋の掟は冬の空
病室を後に
「あれ、夕子ちゃんは・・」
直美が叔父さんと入れ替わりに病室に戻ってきていた。
「たぶん、もうすぐ、来るかな・・なんかさ、泣きそうで嫌なんだってさ・・」
「なに、それ・・」
「寂しいんでしょ、毎日仲良くしてたんだから、当たりまえでしょ」
「また、いつでも、会えるのに」
「そりゃそうだけど、でも、そういう問題じゃないでしょ。 ここからまだ自由に出歩きも出来ないんだから、夕子ちゃんは。 置いてきぼりってさみしいでしょ」
「うん」
「小さい時に、1人だけ家に置いてかれて家族全員がみんな買い物に出かけられちゃうような気分なのかな・・たとえが 悪いかな・・」
「そうかぁ・・」
「うん。 でも わかってるくせに、劉も・・」
息を小さく吐いてうなづいて直美に答えていた。
「夕子ちゃん兄弟いないから劉のことを、おにーさんみたいで ずっとうれしかったんでしょ、本当じゃないってことはわかっててもね。劉だって、妹みたいにかわいがってたしね、私もだけど」
「うん、でも、また遊べるし」
「夕子ちゃんが、ここから 出たらいっぱい遊んであげようよ、退院したら向こうが彼氏に夢中で忘れちゃうかもだけどね・・」
「そりゃ、そうかもね・・」
いつもの顔でお互いに笑っていた。
「あっ 来たよ、夕子ちゃん」
恥ずかしそうに病室の入り口にたって顔をこっちに向けていた。
「退院おめでとうございます、柏倉さん、いろいろお世話になりました、ありがとうございました」
「そんなに、丁寧じゃなくても・・こっちこそね」
すくっと立って俺に向かってお嬢様らしく綺麗に頭を下げていた。
「夕子ちゃんも退院したら、一緒に遊ぼうね、豪徳寺のマンションにも遊びにいらっしゃいね、良かったら泊まっちゃってもいいんだから、劉のところはダメだけど私のとこならいつでもいいんだし・・でも、試験までは少し我慢ね」
直美が笑顔で話しかけていた。
「まず、試験頑張れよー、浪人なんかしちゃったら遊べなくなっちゃうしね」
「こら、そんな事いわないの、お守りも貸してあげたから平気だよね、ねっ、夕子ちゃん。夕子ちゃんなら落ち着いて試験受ければ大丈夫だからね」
「はぃ、合格したら、ご褒美に一緒に遊んでくださいね」
「大丈夫よぉ、いつでもね」
「はぃ、約束ですからね」
「いつでも、いいわよ、ねっ、劉も」
「うん」
いつもより口数が少ない夕子に直美が話しかけていた。
「夕子ちゃんにお弁当作って、お見舞いに押しかけるから、一緒に食べようね」
「すいません、直美さんのお弁当おいしかったから、うれしいです」
「でしょ、とびっきりおいしいの作ってきてあげるね」
「はい、お腹すかして待ってますから」
「もう、ダメってほど、いっぱい作ってきてあげるね」
「全部、食べちゃいます」
いつもの笑顔に少しだけもどっていたようだった。
「さぁ、支払い終わったから、荷物車に載せちゃおうか・・」
大きな声の叔父と、兄貴が後ろにだった。
「あ、いつもありがとうね 直美ちゃん、こいつ先生とかには挨拶したのかなぁ・・荷物は俺が下に持って行くから、悪いけどそれまだたっら、一緒にしてやってくれる」
「はぃ、じゃあ、おにーさん 終わったら駐車場でいいんですか」
「いや、正面玄関に横付けしとくから」
叔父が相変わらずの大声だった。
「ひとりでも、きちんと挨拶できるけど・・」
相変わらず子供扱いした兄貴に少しだけ文句を言っていた。
「わかった、わかった、ま、これ持って下に叔父さんと車で待ってるから・・」
「では、行きますか、みなさん 大変お世話になりました。ありがとうございました」
頭を下げた叔父の大きな声がまた響いて、それに続いて荷物を持った兄が続いて、歩き出していた。
「では、みんなありがとね、病院来たら遊びに寄るし、昨日渡した連絡先はなくさないようにね。頑張ってね、高校生」
「ありがとうございました。楽しかったです。お世話になりました」
浩君の声とみんなの声がうれしかった。
「じゃあね、またね」
病室の開いたままの扉を、直美の後ろに続いていた。
「わたし、エレベーターまで行きますから」
車椅子の夕子も一緒にだった。
看護婦さんたちには、まだ挨拶をしていなかったから、ナース室に向かっていた。部屋の前には運よく山崎先生の姿が見えていた。
ストレッチャーで運ばれた5階外科病棟だったけど、その廊下を直美の編んだ靴下を履いて歩いてだった。