恋の掟は冬の空
幸せの涙で
「うーんと、明日退院だけど、何かあるかなぁ柏倉くん」
今日も相変わらず眠そうな山崎先生の朝の回診の始まりだった。
「わがままかもなんですけど、この杖なんですけど、片方だけで歩けるんで1本返してもいいですかね」
「かまわないよぉ じゃあ、片方専用の出してあげるわ」
「それって、なんかアルミで出来てるみたいのですか・・」
「そうそう 何だっけかなぁ うーん ロフストランドクラッチとか言うのかな・・」
「なんだか 知らないですけど、それってこれと形が違うのですよね、それが格好よくていいんですけど・・」
そんな難しい名前なんかわかるわけがなかった。
「わかった、わかった 言っておくから、替えてもらっていいよ、あとで取りに行きなさいね。えっと、あとは、明日は何時に退院しちゃうのかな」
「10時ごろにと、思ってるんですけどいいですか」
「そっか、じゃあ少し間あくけど年明けて5日の日に外来に来ててもらえるかな、なにかあったら、それより前に来てもらえるかな」
俺のカルテに書き込みながら言われていた。
「はぃ わかりました」
「うん、お大事にね、明日は、もしかすると来れないかもしれないから・・」
「はぃ お世話になりました」
「ま、まだギブスも取らなきゃいけないけど、ひと段落ってことで・・気をつけてね。退院おめでとう」
出された右手を握っていた。
お昼を終えてロビーでコーヒーを飲んでいると、土曜の面接時間の始まりと同時に久しぶりの人が現れていた。
「どう 劉、元気なのぉー 退院するんだってね」
麗華さんだった。
「はぃ、おかげさまで、でも誰から聞いたんですか」
「昨日、直美ちゃんからご挨拶の電話もらったから・・」
「そうなんですか・・すいません」
直美らしかった。
「いいえ、あんまり お見舞いこれなかったからね、ごめんね。でも、ここじゃなくて、うちの病院に来てくれれば個室とか都合つけて、めんどうみてあげたのにねぇ」
「個室なんかもったいないっすよ、充分ですよ、ここだって 4人部屋で高いですよ・・」
2人部屋とかも、もちろんあったけど、通常は6人部屋が普通だった。
「ま、個室も飽きちゃうだろうけどね」
「あ、座りますか、それとも喫茶室なんか行きますか」
麗華さんだったので、喫茶室に誘っていた。
「ここでいいのよ、ほらジュースも買ってきたし・・」
「すいません じゃぁ 窓ぎわの席にでも行きますか」
さっき 取り替えてきた新しいアルミの杖を片手に取っていた。
「もう そんな杖でいけるんだね、気をつけなよぉ」
「はぃはぃ、大丈夫ですから、ここなら暖かいですから・・」
陽射しが差し込んで暖かそうな場所の椅子にだった。
「隼人も来るはずだったんだけど、急に家に呼ばれたみたいでさ、実家に行っちゃったんだよね」
「そうですか、よろしく言ってください」
「でね、報告あるんだけど・・」
「なんですか・・」
はっきりしてる麗華さんが口ごもるのはめずらしかった。
「なんか あったんですか・・」
「ごめんごめん 恥ずかしいんで・・ちょっとね・・」
「あ、忘れてほしいのだったらすぐに忘れますから・・」
「隼人が言うのがほんとなんだけど、劉には早く言っといてよって言われたからさ、えっとね、年が明けたら正式に婚約するから・・私たち・・」
「えぇぇー」
びっくりしていた。
「正式にまでは だまってようかと思ったんだけど、何人かには話しておこうって・・隼人が・・・」
「で、俺もですか」
4月に出会ってからだったから、隼人さんとも麗華さんとも8ヶ月の付き合いだったし、本当に良く話すようになったのって夏からだった。
「当たり前でしょ、恥ずかしいけど、あの日が復縁のきっかけだからね・・」
夏の大騒ぎの1日のことらしかった。
「えっと、結婚しちゃうって事ですよね」
「それはたぶん6月ごろかな」
「おめでとうございます、うれしいです」
「ありがとうね、劉」
麗華さんの家がよく許したなぁって思っていた。総合病院の娘さんじゃ、おにーさんは医者になってたけど、どう考えたって親は医者と結婚して欲しいって思っても不思議じゃないはずだった。隼人さんも立派な建設会社の息子さんだったけど、それでも麗子さんと結婚するのって大変だろうなぁってずっと思ってたことだった。
「不思議に思ってるんでしょ、劉って」
「えっ、まぁ・・・」
返事には困っていた。
「知ってるだろうけど交際も ずーっと反対されててさ、今月の頭に初めて隼人に会いたいっておとーさんが言い出してね、そこで2人で頭下げて交際認めてもらえるように話したんだけどさ、でもやっぱりだめでね・・・ そうしたら隼人ってそれから毎日家の前でおとーさんが帰ってくるの待ちだしちゃってさ、ずーっと夜中まで毎日ね・・それも話もできないのに毎日でさ・・」
静かに話を聞いていた。
「それで、隼人が最後に雨の日に門の外で待ってたら、家にやっと隼人のことを上げて、付き合うのは許さないけど、結婚は許すっていきなり言い出して・・ なにがなんだかびっくりしちゃって・・」
「はぃ」
「それから、私の前で隼人に、こんな わがまま女は大学を卒業して、うちの病院なんかに何年もおいておくと、もっとわがままになるから、嫁にするなら早くにもらっておけって隼人に言って、後はおかーさんと相談しときなさいって言って逃げちゃってさ・・・」
「はぃ・・」
「そうしたら、いきなり次の日の昼間に、連絡もなにも入れてないのに隼人の家に車で私を連れて押しかけて、嫁にもらってやってください・・って隼人のご両親に頭下げるのよ・・驚いちゃった・・・」
麗華さんが、こんな場所で涙を浮かべていた。
「いい おとうさんですね・・」
「うん。そうだね・・ 帰りの車の中で、ずっとおとーさんに謝ってた・・
大好きなおとーさんを困らせてごめんねって・・」
「そうですか、とってもいい話です・・おめでとうございます。隼人さん言い人ですから、ずっと好きでいてくれますよ 麗華さんのこと・・」
「ありがとう、ごめんなさいね、こんな話までするつもりはなかったんだけど・・」
「いえ、こっちこそ、うれしいです」
「なんか、劉と話すと余計な事しゃべっちゃうのよね・・私。 弟欲しかったからなのかなぁ・・」
少しだけ笑顔を浮かべていた。
「もうー 素敵なことなんですから 笑ってくださいよー」
「うん、ありがとう」
「直美もきっと喜びますよ」
「うん、ありがとう」
「そっかぁ お嫁さんですね・・・」
「やだー」
「きっと 隼人さん格好いいですよー タキシードとか・・あ、麗華さんの真っ白なウエディングドレスもですね」
「まだ、早いって・・でも、いっぱい友達呼ぶから、劉も直美ちゃんも必ず来てね・・」
「はぃ もちろんです」
2人で窓越しの暖かな陽射しを浴びてだった。麗華さんはもちろんだけど、こっちも心まで暖かになっていた。
綺麗な麗華さんだってけど、今日はもっと素敵で大人の女の人に見えていた。