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恋の掟は冬の空

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空に


「おやすみなさい 柏倉さん」
「うん。じゃぁねー」
車椅子から軽く手を振りながら夕子は先の病室にだった。
時間はもうすぐ消灯時間の9時になろうとしていた。

「柏倉さんて、明後日、退院でしたっけ・・」
「うん、そうだよ」
「いいなぁ」
TVを横目で退屈そうに見ながら浩君に聞かれていた。
「もう少し早いと思ったんだけどね。けっこう長かったなぁ。まだ痛いんだろ、浩君は・・」
「少しですけどね、指先の間隔が鈍いかなぁ」
「細い血管とかブチ切れたから、仕方ないんじゃないか、まだ少し腫れてるんだろ腕も」
「ギブスで指の先しか動かないからなぁ どうなってんだかこの腕は・・」
「ま、薬飲んで のんびり寝てれば直りますって事だな。あ、これ経験からね・・」
笑って話してあげたけど、浩君もちょうど入院して、ここの生活に不安になる時期になったんだろうなぁって考えていた。
何をするでもなく、薬を飲んで決められた時間に食事して、寝て、起きて、じっとここにいるって、いろんなことが頭に浮かんでばかりだった。
「暇で、どうにもって時あるんだけど、なんにもしないで夕方とか来ちゃうんだよなぁ・・」
「みんな そんなもんでしょ。俺もだったけど・・」
「そりゃそうなんだろうけどさぁ・・」
「でも、その状態なら仕方ないんじゃないかぁ。ゆっくり休んでいいんだってば」
「だってさぁ なんにもしないのに昼間に寝ちゃったりすんだよ、俺って・・」
「それって 俺もだったけど、いいんじゃないかなぁ。 あと1ヶ月もしたら、浩君って退院だと思うんだけどさ、そこから浩君って、きっと大変な毎日だと思うんだよね。こんなこと言いたくないけどその足とその腕って、リハビリしないとなかなかうまくは動かねーぞ。そこからが浩君ってきっと大変な毎日だと思うんだよなぁ。それ考えたら、今はゆっくり休んどいていいんじゃないかなぁ。普通の生活ならすぐにでも出来るだろうけど、大学でラグビーを続けていくんだろうから、リハビリも俺とかとは違って大変だと思うよ、だからそこから生活で頑張りゃいいんじゃねえかぁ」
「やっぱり、大変ですよねぇ、これって・・」
「うん、リハビリから頑張ってさ、練習して、試合出る時は呼んでくれよ、応援しに行くからさ。それまでは のんびり昼寝でもしてていいよぉ」
「あっ また彼女とでしょ・・」
「あったりまえでしょ。あ、夕子ちゃんと夕子ちゃんの彼氏もいたりして・・」
「くそうー それまでに絶対彼女つくってやる・・」
「そしたら、その彼女と一緒に、旗でも振って応援してあげるわ」
ほんとに、そんなふうに神宮外苑の秩父宮ラグビー場とかに行けたらいいなぁって思っていた。
「ま、そっちもリハビリ同様がんばってよ」
「がんばりますよー 」
少しだけ、気持ちの手助けになればそれでよかった。

消灯時間になって照明が落ちたけど、各自カーテンを閉めて小さなベッドの明かりで1時間ほどを過ごすのが毎日だった。
話すでもなく話かけるわけでもなく、この時間が考えると1番のプライベートの時間のようだった。この時間に小さなベッドの照明で本を読むととても静かで好きな雰囲気だった。

直美も5階の俺の部屋でのんびりしてくれてるといいなぁって考えていた。
病室の大きな窓は、南を向いていたから、ほんとに右端の西南西の方向が豪徳寺の方向のはずだった。
時間はまだ10時少し前だったけど、ベッドを出て音を立てないように窓のカーテンをずらして外を眺めていた。
昨日見た三日月は今日も綺麗に輝いていた。
「そろそろ、みんな電気を消して寝てちょうだいねぇ」
ゆっくりと小さな声が病室の入り口からだった。
「柏倉くん、何してるのぉ・・」
言いながら佐伯主任のナース靴の足音が近付いていた。
「ごめんなさい。外見てただけですから・・」
「大丈夫、なんかあった・・」
「いや、あっちが家なんで・・」
わけわからない返事をしたような気がしていた。
「ん、ふーん、そうなんだ・・外泊したから少し今夜は寂しいか・・」
「そんなんじゃないと思うけどなぁ」
ほんとに小さな声で答えていた。
「でも、もう退院だもんね」
「ありがとうございました。主任にもいろいろお世話になりました」
「いえいえ、いい患者さんでしたから」
「そうですかぁ そんなじゃなかったと思うけど・・」
「いえいえ、この病室の子達って柏倉君がいたから看護も楽だったし」
「そんなことないと思うけどなぁ・・」
歳が近かったから、よく話をしてただけだった。
「それにねぇ、柏倉君たち見てるとね、あ、直美ちゃんね、見てるの好きだったんだよね。」
「なんですか、それって・・」
「わたしも、恋しようかなぁってバカなこと思ったりさ・・歳だけど・・」
「歳ってことはないと思いますけど・・」
「うん、でもさ、勝手な思い込みかもなんだけど直美ちゃんみたいに理屈抜きで人を好きになるって感じ忘れてたなぁって思ってさ・・あ、やだ 変なこと言っちゃったね・・」
「ほんとに好きならみんな理屈なんかないっすよ、主任だってきっとそうですよ・・」
「そうかぁ そうだねぇ・・」
「はぃ」
声を出さずに顔を見合わせて笑っていた。
「あ、ちょっと待ってくださいね、少しだけ・・」
言い終えて、窓の右端を眺めて「おやすみ、今日もありがとね」ってつぶやいていた。10時ちょうどだった。
「すいませんでした」
カーテンを閉じながらだった。
「いま、直美ちゃんにだったでしょ・・」
笑ってうなづいて、返事をしていた。
「不思議だよねぇ  柏倉君って、スポーツ好きの体育会系ってみたいなのに、そんな事平気だもんね・・」
「そうですかぁ・・似合わないですか」
「それが そうでもないんだけどね、不思議だよね・・」
「あっ 聞くけどクリスチャンなの・・柏倉君って・・牧師さん来たことあるもんね」
「クリスチャンってわけではないんですけど、あの神父さんに小さい頃だけだけど、時間があるといろんな話はされたから少しは影響されてるとは思うけど・・よく お説教もらったから」
「そうかぁ なるほどねぇ・・」
納得されてもなぁだった。
「あ、ごめんごめん 時間とらせちゃった。もう寝てね、柏倉君も・・」
「はぃ おやすみなさい こちらこそ仕事のじゃましちゃいました」
佐伯主任はナース靴を響かせて巡回を続けていくようだった。

もう1度窓のカーテンを少し開けて、三日月を眺めていた。きっと直美も眺めてるだろうなって思いながらだった。


作品名:恋の掟は冬の空 作家名:森脇劉生