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恋の掟は冬の空

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ナース室前で


エレベーターを背にして車椅子の向きを変えると、ほぼ正面の外科病棟のナース室から3人も顔をだしていた。佐伯主任までだった。
「あぁー 仕事しないで見てたでしょ・・」
ちょっと呆れて、ちょっと笑いながらだった。
「ごめん 見てた」
佐伯主任だった。
「だってさ、そこってどう考えても目に入っちゃうでしょうに・・それにこいつが キスしちゃうかもですよ・・って言うから・・」
こいつって言われたのは、寧々ナースよりは ちょっと先輩らしかった佐藤さんだった。
「彼女、かわいいわよねー どこで見つけてきたのよ・・あんないい子・・」
主任は今日は暇なのか、まだ、話しを続けていた。
「同級生ですよ、高校の・・」
「へー そうなんだぁ 長いの、もう?」
いつもは、けっこうピリピリした感じの人だったのでそんな事まで聞かれて意外だった。
「たぶん 3年ぐらいですけど・・」
正確には2年半だった。
「へー 大学1年生だったよね 柏倉くんって・・高校2年生の時からか・・なるほどねー」
「いいんですかぁ おしゃべりしてて・・」
他のナースは後ろで、忙しそうに書類の整理を始めだしていた。
「あ、この子達が一生懸命きちんとすれば 平気なのよ・・私はね、こう見えても一応1本線ですから・・管理職ですからね」
ナースキャップに入った紺色の線のことらしかった。

「あれっ、寧々さんは病室で仕事ですか・・お礼言ってないや・・」
ナース室には見当たらなかった。
「あの子今日は、日勤で、今夜はこれから深夜勤だから、また寮に帰ったみたいだよ。夕方1回帰ったんだけどね、さっきはわざわざ来てたのよ。あんたたちのために・・」
そういえば朝から働いていたし、この時間にいるのは変だった。日勤は8時から夕方5時までで 深夜勤は夜中の12時からの朝までのはずだった。覚えなくてもいいような事だったけど、なんか不思議な感じで覚えてしまっていた。他に準夜勤ってのがあって 今がそのシフトの時間のはずだった。
「うゎぁ 悪いことしちゃったなぁ 仮眠時間つぶしちゃったみたい・・」
「若いから 平気よ。私はイヤだけど・・」
佐伯さんは、たぶん30歳の手前ぐらいのはずだった。
独身なのかどうかは よくわからなかった。

「あのう 俺って退院いつぐらいですかねぇ・・」
担当医に明日聞けばいいことだったけど、気になっていたので口にしていた。
「年内に退院できるんじゃないの・・もう杖でいけるでしょ」
少し仕事顔と口調の佐伯主任の返事だった。
「今日、明日から松葉杖の練習って先生に言われたんだけどね・・」
「じゃぁ 明日、回診の時に聞きいてみなさいよ。 よかったわね、杖になったらすぐ退院できるわよ」
「そうですか。じゃあ 明日聞きますね。今夜はほんとうにご迷惑おかけした。ありがとうございました」
もう たぶん 10時半近くになっているはずだった。病院生活に慣れてきていたので自分でも眠くなっていた。
「いえいえ、こちらこそ。エレベーター前で堂々と彼女とキスしてたってのは内緒にしててあげるわよ」
言われたけど、たぶん明日になれば外科病棟のナース中に広まってるだろうなって思った。ま、それでもいいと思っていた。へたすりゃ入院患者にまで伝わりそうだった。
「よろしくお願いしますね。そこのところ・・」
無理だと思ったけど、一応は言ってみた。
「では 静かに病室にもどります」
「はぃ おやすみねー」
他のナースの「おやすみなさい」って声を背中に聞きながら、静かな病院の廊下を部屋に向かっていた。
手にはエレベーターの前でもらった直美からの小さくたたんだ紙を握っていた。

部屋に戻ると天井に常夜灯がついてたから、そこそこ明るかった。最初の頃はこれのせいで、ちょっと寝付けなかった。
音を立てないようにベッドに這い上がって 直美からの小さな紙を開けることにした。

『 突然でごめんね。電話もらったら 会いたくなっちゃって
  明日はなるべく早くに来るね
  それまで待っててね
  おやすみ 劉。大好きだよ
  早く家に帰ってきてね         なおみ     』

ここに来るときに電車の中で書いたようだった。
夜に一人ベッドの上でご機嫌になっていた。
短い文章だったけどずっーと眺めていた。
大好きな直美の声が聞こえてきそうだった。

作品名:恋の掟は冬の空 作家名:森脇劉生