恋の掟は冬の空
内緒のお返し
９時の消灯時間はとっくに過ぎて９時５０分になっていた。
見ていたTVも本当は９時までが決まりごとらしいんだけど、部屋内で誰も文句言わなきゃ１０時までは見ることが出来た。もちろんヘッドフォンつけてだけど。
「うわぁ」
けっこうあわてた声を出していた。
知らない間に、ナースの寧々さんがベッドの足元のカーテンのところに立っていた。あわててヘッドフォンをはずしていた。
「柏倉くん、ちょっといい・・」
小さな声で手招きをされてた。
「なんすか・・」
体を起こして、なるべく小さい声で返事をしていた。
「ちょっと 来てくれない・・」
なんの事かさっぱりだけど、車椅子に乗って静かに後を付いていく事にした。
さすがに 廊下にはもう誰もいない時間だった。
「こっちね・・」
言われた方角はナース室の方向だった。
「えっとね、さっきのケーキのお返しね・・１０分だけね。特別だからねー」
なんだか さっぱり言われた事がわからなかった。
「で、なんですかぁ・・」
「はぃ どうぞ」
ナース室の扉を開けながら、寧々ナースは笑いながらだった。
「来ちゃったぁ・・元気？」
開いたドアのところに立っていたのは 直美だった。
２日ぶりだった。
「なに やっってんのよ・・こんな時間に・・面会時間終わってるけど・・」
うれしかったけど びっくりして 質問していた。
「寧々さんが バイト先に電話くれて、今夜、１０分ぐらいでもいいなら 面会いいよって言ってくれたから。来ちゃった・・」
なにか、あったらって、直美の部屋の電話番号もバイト先の電話番号も前にナース室に届けていた。俺の知らない間に寧々ナースともけっこう仲良しに直美はなっているらしかった。
「じゃ そういうことで・・」
寧々ナースはうれしそうに笑っていた。
「婦長は帰っちゃったけど、ほんとに特別だからね」
ナース室の奥から 主任の「佐伯ナース」の声だった。
「ほんとに すいません」
直美と寧々ナースと俺とで一緒に頭を下げていた。
「いいのよ。いま、 こんなにケンタッキーのチキンもらっちゃったから・・私、これ、大好きなのよ・・」
けっこう笑顔の主任だった。
電気は点かないけど 廊下の灯りがもれている薄暗いロビーに移動することにした。
「ごめんね 突然来ちゃって・・」
小さな声で話していた。
「あ、けっこう うれしいよ びっくりはしたけど・・」
小さな声で答えていた。
「ねぇ 退院いつできるかなぁ・・先生にきいてみた？」
「明日から松葉杖の練習ですって、今日いわれたけど・・それで歩ければ退院できるのかなぁ･･明日聞いてみるね」
もう、１２月の１８日だったし、俺も、ここで正月はいやだなーってずーっと考えていた。
「来週の火曜日で学校は休みになるから それからは毎日くるね。バイトの日は昼間のちょっとか 夜のちょっとかのどっちかでしか来れないど・・」
「無理しなくていいぞ 毎日は大変でしょ。俺、もうけっこう元気だから・・」
そりゃぁ 毎日顔は見たかったけど、そんなに甘えてても直美が大変そうだった。
「学校休みなら 平気だってば・・・劉の顔見たいんだもん・・劉の顔みると元気になるんだ、私」
ちょっと 恥ずかしそうにあっちのほうを見ながらだった。
「ま、無理すんな・・もうすぐ 帰るわ」
ものすごく いやなわけではなかったけど さすがにこの生活には飽きてきていた。
もちろん早く退院して直美といっぱい一緒にいたかった。
「クリスマスは無理っぽいけど お正月は帰ってきてね・・劉」
「お正月まで 入院だったら 田舎に帰りなよ。こっちにいることないでしょ・・」
「バイトも３０日まで 入れちゃったし、こっちにいるよ。劉が退院できなくても退院できてもね・・」
直美の手をさがして 握り締めていた。
さびしそうだった顔が 少しだけ赤くなっていた。
何度も握ってるくせに そのたびにいつも恥ずかしそうなしぐさをする直美だった。
俺もどうにもテレていた。
「クリスマス イブって ケンタッキーはものすごく忙しいんじゃないの・・」
実家の近所にはケンタッキーの店はなかったから良くはわからなかったけど、そんな気がしてた。
「バイト全員総出みたい。朝からものすごくいそがしいらしいよ。いっぱい予約がもう入ってる。わたしも閉店の１０時までになっちゃった。ごめんね。昼間のシフトにしてもらって夜にはここで デートしようと思ってたんだけど・・夜の人がどうしても足りないらしいから・・ごめんね・・何回もお願いしたんだけど、ダメだった・・」
最後のほうは 少し声まで小さくなっていた。
「いいよぉ。来年もずっと あるもん クリスマス・・」
言いながら直美の頭をなでていた。
「だって 夏ぐらいから、１２月には初めて二人でクリスマスできるって、ずーっと思ってたんだもん。すごい直美 残念・・」
「でも、ちゃんと バイト断らずに働きにいく直美はけっこう好きよ」
「うん。ごめんね・・」
元気な直美がやっぱり すこしさびしげだった。
「あ、１０時過ぎちゃった。もう帰らないとだよ。大丈夫？気をつけて帰ってね」
約束の１０分の時間は２０分になっていた。
「えー もうかぁ・・明日は５時までだから ６時までには必ず来るね。待っててね。デパートでお弁当買ってくるからいっしょに食べよう。おいしいの買ってくるから・・」
「うん 待ってるから。今日はありがとね。ほんとに気をつけて帰れよ」
言い終わると、長椅子から立ち上がった直美が恥ずかしそうに、ほんとうに小さな声をだした。
「はぃ どうぞ・・」
言いながらちょっとかがんで直美は顔を近づけてきた。
１ヶ月ぶりのキスだった。
「ありがと・・・劉・・」
いつものように 恥ずかしそうに頬を桜色に染めていた。
それから エレベーターのところまで 車椅子を押してくれて、そこでも短くキスをした。直美の香りがとても近くて気持ちよかった。
「ばいばい またね」
いつものように、子供のような言いかたで笑顔で手を振っていた。