恋の掟は冬の空
ここにも笑顔が
「じゃぁ、ICU覗いてくるから、俺は」
「はぃ おやすみなさい」
山崎先生は左に、俺は真っ直ぐにだった。
すぐにやってきた見慣れた大きなエレベーターには書類を抱えた看護婦さんと点滴をしながらの小学生の男の子だった。小さい子が点滴器具を手に持って歩いていても、もう驚かなくなっていた。
「すいません。戻りました」
「あっー、遅いなぁ、柏倉君8時前に帰ってきてよぉ」
佐伯主任がナース室の1番前の廊下側の席で事務仕事をしながらだった。
「すいません。夕飯食べてたら遅くなっちゃいました。反省してます」
「もう、失敗したわあ。甘かったなぁ・・」
「なにがですかぁ」
話が少しかみ合ってないような気がしていた。
「おかえりー。ただいまの時間8時10分、私と工藤さんの勝ちです。夕飯1回おごりですからね、佐伯主任、約束ですから」
奥から、寧々ナースだった。
「8時に帰るっていったら、きちんと8時前に帰ってくると思ったんだけどなぁ 柏倉君は・・」
「佐伯主任甘いですよぉ、もともと夕方に帰ってきますって言ってたのが伸びたんですから、私はもっと遅いかと思ってましたから・・直美ちゃんと久々のデ−トですよぉ、それもクリスマすですよぉ、無理ですって・・」
「柏倉君のおかげで、お財布軽くなっちゃうわよ」
佐伯主任ににらまれていた。
「あのう、そんなくだらない事を みんなで賭けにしてたんですかぁ・・」
「性格見間違ったわ・・あんたの。いつもきちんとしてるのに、今日に限ってかぁ・・」
「すいません、主任」
一応謝っていた。
「あっー 笑いながら謝るなって、こら」
「すいません、そういうことで戻りましたから・・失礼しまーす。寧々さん、おめでとうー」
「ありがとねー」
背中の後ろで、寧々ナースのお礼とぶつぶつ何か言ってる佐伯主任の声を聞きながら病室に歩き出していた。
「ただいま、元気にしてましたかぁ」
「おせーなぁ、まったく・・」
高校生3人ともベッドに横になりながら同じような言葉だった。
「おみやげは・・どこっすか・・」
浩君がうれしそうにこっちを見ながらだった。
「ごめん、全然、忘れてた」
「うわぁー ひでぇーわ。食い物でも持ってくるかと思ったのに・・」
「うん、そう考えてたんだけど時間なくなっちゃって」
「まったく。もう、こっちはクリスマスだってのベッドに縛り付けられてるんですから、そんな笑顔で帰ってこなくていいですから。お土産も無しなんて・・むかつくー」
「あれ、でもプレゼントみたいなのあるじゃん・・」
浩君のベッドの脇にそれらしい箱が置いてあった。
「お袋ですよ、それ・・わけわかんないや」
「中開けて、みてもいいかなぁ」
「いいっすよ」
どうやら靴のようだった。
「おっ、これってラグビーシューズなわけ・・格好いいじゃん、けっこうするんだろ、これって」
「たしかに、いいものなんだけど、この状態でそれってどうですか。それ履いて走れるようになるのって春だと思うんだけど」
「ま、でも大学で使うんでしょ、いいじゃん」
「そりゃ、そうだけど、大学に上がるのは春なんだからクリスマスプレゼントじゃなくてもいいでしょ、これ、どっちかというと入学祝にくれよって感じですけど」
「お母さん、なに、あげていいかわかんなかったんじゃないの・・」
「ま、もらわないよりはいいけど、お袋からクリスマスプレゼントって年でもないっすよ」
確かに俺も高校生の時にお袋からもらったプレゼントって、これってクリスマスプレゼントってわけではないんじゃないかなぁって思う新しいセーターとかだったような気がしていた。
「石田なんか、コートですよ。お袋連中ってみんなどこも変ですよ」
「それも、退院まではいらないわねーって言って笑いながら持って帰りました、俺んちのお袋・・」
石田君がベッドの上から笑いながらだった。
「僕のとこなんか、妹がマンガ買ってきて終わり・・お袋はどこかに出かけたらしい・・」
最後に新入りのの高校生の話で、みんなで大爆笑だった。
「失礼しまーす 柏倉さん帰って来たって聞いてきたんですけど、いますかぁ」
ベッドで横になっていると部屋の入り口のほうから夕子の声だった。
「いるよー 今、いくわー」
TVを消して、耳に入れていたイヤフォンをはずして杖を手に取ると、カーテンを引いて夕子が顔を見せていた。
「勝手に開けるなよ」
「だって、ちゃんとは閉まってなかったですよぉ」
「そりゃそうだけどさぁ・・ま、いいや、ロビー行こうかなぁ、喉かわいたし・・」
ベッドのそばで話すのはあんまり好きじゃなかったし、暖房が効いていたから喉もたしかに渇いていた。
「はぃ、えっとお財布ないですけど、いいですか、私・・」
車椅子から見上げながら、笑顔だった。なんか良い事でもあったのかなぁって思える顔をしていた。
「おごってあげるよ、それより、なんか、いいことでもあったのかぁ」
「ありましたよー」
車椅子の後ろを歩いてロビーに向かっていた。
「そんな顔してるもん」
「言っちゃおうかなぁ・・」
「言っちゃおうかなぁ じゃなくて言いに来たんでしょうが・・どう考えても・・」
「あー そんな事いうならやめようかなぁ」
「いいよ 別に、 あ、夕子は何飲むんだ、紅茶かぁ・・」
自動販売機の横にたどりついていた。
「うん、それ」
自分の紅茶と俺のコーラを夕子が自販機の取り出し口から出して手にしていた。車椅子ってお金は入れずらかったけど、商品を取り出すのは簡単だった。
「ここでいいですか」
「どこでもいいよ、で、なんだっけ・・話って・・」
「うーん、昨日の昼間にまた、来た・・」
どうやらあの高校生の男の子が2日連続でやってきたらしかった。
「へー 良かったね。小さいケーキここで食べちゃった・・」
「そっかぁ、なんかいいね」
「それと、このままリハビリうまくいったら、お正月は家でもいいよって先生に今日言われたの・・」
「そっかぁ、お正月は家かぁ 」
「うん、で、こんな顔です」
夕子はうれしそうに笑って見せた。
「イブはどうだったんですかぁ 直美さんとは」
「それは、明日夕方直美が来るから直接聞きなよ・・」
「直美さん、あしたくるのかぁ、楽しみだなあ」
「夕子にクリスマスプレゼント買ってあったらしいよ、明日持ってくるって、それから貸してあげるって言ってたのも明日持ってくるって言ってた」
「わぁー うれしいなぁ」
「夕子ってさ、俺より間違いなく直美 大好きでしょ」
「あったりまえです」
高校生に笑われていた。
ここには、ここの楽しい時間がまた流れてきていた。
「直美さんみたいな おねーさん 欲しかったなぁ・・」
「俺みたいな おにーさんじゃないんだ・・」
「直美さんみたいな おねーさんがいて、そのおねーさんの彼が柏倉さんみたいなのが、いいなぁー かな」
笑っていた。