恋の掟は冬の空
1人になって
「バス停までは一緒にいくから・・」
お腹いっぱいになってデパートから表に出ていた。
「うん、じゃあそこまでね。直美も気をつけて帰りなよ」
「平気だって、まだ、そんなに遅い時間じゃないもの」
「でも、気をつけてね」
ゆっくりお好み焼きを食べたから時間はもうすぐ8時だった。
「あれ、こっちだっけバスって・・」
「劉ったら、病院行きはこっちよ」
「俺、昨日初めて乗ったからさぁ・・」
「そっかぁ そうだね、なんかおかしいや」
新宿駅西口のバスロータリーはいろんな行き先のバスが十数台止まっていた。
「あそこの13番って書いてあるところだよ」
「うん、まだバス来てないみたいだね、この時間だと少し間隔あいちゃうかなぁ」
「でも、長くても10分ちょっと待てば来ると思うよ。そのぐらいの間隔で走ってるみたいだから」
「そっか、よかった。明日はバイトだっけ・・」
「夕方までね、またお弁当買ってこうようか。わたしも病院で食べて帰るから・・」
「えっと、おこわ食べたいなぁ。たしか売ってた気がしたんだけど・・」
「あるよー お店知ってる。じゃそれで決まりね」
「うん」
明日の夕飯の相談が終わると目の前には13番バス停だった。
「今度のバスは8時ちょうどだね」
時刻表を確認していた。
「でも、始発だから発車前の3分前ぐらいにここに来るよ。だからあと3分ぐらいかな・・」
「そっかあ、じゃあ 直美 もうここでいいって・・なんか見送られるのやだから・・」
「似合わないこと言うねぇ 劉にしてはめずらしく・・」
「そうかなぁ・・」
「うん、似合ってないけど・・」
本当は見送るほうがいやだったんだけど、それって直美もいっしょなんだろうなぁって思ってウソを口にしていた。
「あっー 夕子ちゃんにクリスマスプレゼント買ってあったのに忘れてきちゃった」
「明日でいいじゃん 今日あったらそう言っておくから」
「ごめん 言っておいてね」
「なに 買ってあげたの・・」
「うーん たいした物じゃないから、それに貸してあげるって約束した物も渡してあげないと・・」
「そっかぁ、会ったら伝えておくから」
「うん、明日の夕方に行くからって言っておいてね。きちんと勉強もって・・」
「言っておくね」
こんな時間だから病院に向かう人は数えるほどで、1番後ろに並んでいた直美と俺の話し声だけがやたらと響いていた。
「あ、あのバスそうみたいだよ、劉・・」
病院の名前がバスの正面に浮かんでいた。
「うん、来たみたいだね。ありがとうね、気をつけて帰りなよ」
「バス出るまでは、ここに居るねって言うと劉がなんか言いそうだから、帰るね。明日なるべく早くに行くから待っててね」
「うん、今日もベッド使っていいから」
「あたりまえでしょ」
「早く今日は寝ておけよ、靴下なんか編んだりするなよ」
「はぃ、わかりました。素直に寝ます。劉もね」
笑いながらだった。
「たぶん10時になったら寝ようかな、俺は」
「その時間には寝ないけど、10時ちょうどにおやすみって病院に向かって言うから、きちんと聞いておいてね」
「おれも、言うわ」
「じゃぁ、明日ね、バィバィ」
子供のような大好きないつもの直美のバイバイだった。
おやすみのキスを2時間前にだった。
少し歩いてから手を振った直美に手を振りかえしながら、俺が病院に着くよりも直美のほうが家に着くのが遅いんだなぁって思うと、胸がいっぱいだった。
直美の姿が人ごみに中に見えなくなって 客が10人も居ないほどのバスに乗り込むとすぐに発車時間になっていた。
たぶん、あっという間に病院の駐車場の脇のバス停にだった。
病院にバスがたどり着くと、お見舞い帰りの人たちがバス停に列を作っていた。いつもの夜と変わらない風景なんだろうけど、都会のど真ん中の病院なのにすごく静かでさびしげだった。
正面玄関は当然閉まっていたから横の小さな入り口から中に入ると、たった1日だけだったのにいつもより病院のにおいを感じていた。
「お、帰ってきたのかぁ」
エレベーターに向かう廊下で後ろから声をかけられていた。
「ありがとうございました先生。いま、戻りました」
「さすがに 遅いなぁ」
「ナースに怒られても俺はしらねーぞぉ」
「電話入れといたし、大丈夫でしょ」
「ま、ナースも早く帰ってくるなんて思ってないだろうからな・・」
男2人で薄暗い廊下で笑いあっていた。
「先生は帰らなかったんですか」
「帰ったよー 4時間だけね。クリスマスの夜に自殺未遂の飛び降りの女の子のおかげで寝不足よ。両足骨折の骨盤骨折だけだったけどね」
「えっー・・」
「俺らは幸せよぉ まだ・・」
やっぱり、ここは紛れもなく大都会のど真ん中の大病院で、現実が良くも悪くも飛び交ってるところだなぁって身にしみていた。
足は折れていたけど、幸せな俺をしみじみ感じていた。