恋の掟は冬の空
たわいなく
「遅くなっちゃったね」
結局新宿の駅に着いたのは6時を回った時間になっていた。
「ま、遅刻ってわけではないし・・」
「消灯時間までは、まだあるからいいよね」
「電話で8時ぐらいには帰りますって言ったから、それぐらいに帰るよ。直美も遅くなっちゃしね。自転車みたら、ご飯食べちゃおう」
「うん、そうしようか。病院の夕飯終わっちゃうもんね」
「こっちのデパートね」
地下道を歩いて2つ並んだデパートの間に出ていた。
「エレベーターはたしか、そこの右だよ」
いっぱいの人ごみの中で直美に言われていた。
「こっちだね。劉・・」
「えっ、そっちなの」
自転車をこのデパートに買いに来たのは叔母さんだっから売り場の位置はまったくわかっていなかった。
「わたし、このフロアーに来た事あるし、知ってる」
「そうかぁ・・」
「ほら、あった」
直美の指の先にはサイクリング車が壁にかかっているのが見えていた。
「あるかなぁ 色違いのかわいいのって・・」
「かっこいいのが、いいんだけど俺は」
売り場に近付くと、いろんな色の自転車が綺麗に並べられていた。
「あったぁ。わたしと同じ自転車これだよね」
「うん、これだね」
「格好いいし、かわいいね、やっぱり・・」
得意げな顔で並んでいる自転車を見ながらだった。
横に同じサイクリング車の色違いが2台展示されていた。
「これと、これだよね、色違いって・・」
「そうだね・・・他にもあるかもしれないから、わたし聞いてこようか、あそこに店員さんいるから・・」
直美は少し離れた男の店員さんのところに、もう歩き出していた。
並んでいた色違いの自転車は、シルバーと鮮やか系のブルーだった。
「すいません、これなんですけど・・」
直美が店員さんを連れて戻ってきていた。
「これは他にもいろんな色がございますけど、こちらですね」
丁寧にカタログを広げて直美と俺にそのページを見せてくれていた。
オレンジとグリーンとか他に8種類ぐらいの色が並んでいたけど、実際の全体の感じのイメージって想像が難しかった。
「俺、これがいいなぁ」
「えっ、なーんだ これならかわいくて、格好いいよ、これにしよう、わたしも、これ好き。劉が見たときすぐに言わなかったから気に入らないのかと思っちゃった・・」
直美と一緒の赤い自転車の横に並んでいた鮮やかなブルーの自転車だった。
「えっ、直美が気に入らないのかと俺も思ってた・・」
「だって、劉のだからあんまり言っちゃいけないかと思って」
一緒になって顔を見ながら笑いあっていた。
「すいません、呼びつけちゃってカタログまで見せてもらったのに」
直美と一緒に頭を下げていた。
「この自転車配達して欲しいんですけど」
「ありがとうございます。このお色でよろしいんですね」
「はぃ。これにします。彼女も気にいってますから」
「おそろいなんですよ、わたしのはこの赤い自転車です。ここで買ってもらったんですよ」
直美はうれしそうに店員さんに説明していた。
「そうなんですか、ありがとうございます」
「一緒にサイクリングしようかと思って・・足が治ったらですけどね、この人の・・」
「そうですか、ありがとうございます」
笑顔で楽しそうに直美は話し続けていた。
「いい、お客さんでしょ」
「はぃ、ありがとうございます。早く足が治られてご一緒にサイクリングできるといいですね」
「はぃ」
うれしそうな直美の返事が売り場に響いていた。
配達日を決めて、支払いを済ませると、自分の買い物をしたように直美は喜んでいた。笑顔で店員さんに挨拶をして売り場から歩き出していた。
「さ、ご飯食べようか、直美なにがいいの」
「ここの上のレストラン街で探そうよ。7階だったかなぁ」
「うん、たぶんね、じゃあエスカレーターであがろうか」
「こっちだよ、劉」
言われた方向にすぐ登りのエスカレーターだった。
杖をついて初めてのエスカレーターだったから、少しだけもたつきながら7階のレストラン街にだった。
「わぁー 混んでるかも」
お店によっては入り口にお客さんが並んでいた。
「劉はなにか食べたいお店あるの・・」
「うーん。直美は・・」
一緒にフロアー案内図を眺めていた。
「困っちゃうなぁ どれもいいなぁ・・劉が決めてよ」
「いや、俺も悩んでるんだよね、直美が決めてよ」
「もー どうしようかなぁ、あっここがいいなぁ」
指を差したお店はお好み焼き屋さんだった。
「1人じゃ、お好み焼き屋さんて入りづらいから 久々だもん、ね、食べようよ」
「いいよー 好きだし、直美焼くの上手だし・・」
「普通は、彼が焼くんだと思うんだけどなぁ・・」
「あ、だってさ、1回焼いてあげたら固くておいしくなかったじゃん。その時に文句言われたから、その後って焼いたことなんかないし」
「そうだけどさぁー」
言い合いながら、足は2人で案内図のお店に向かっていた。
「次は、俺が焼くからさ、今日は直美でお願いします。うまいの食べたいもん」
「もぅー」
笑いながらだったけど、軽く叩かれていた。
たわいもない会話にたわいもない日常が帰ってきていた。
なにが起きるでもなく、なにが無くなるわけでもない、そんな時間がうれしかった。
2人は、そこにいて、ここにいた。