恋の掟は冬の空
1時間だけのデートの始まり
「ごめんねー 夕方からずっと来れるかと思ったんだけど、4時からにバイトのシフト変更になっちゃったから・・」
2時ちょうどに直美が病室に声を出しながら入ってきた。
「うん。さっき電話あったの聞いたから 待ってた」
「せっかく、久しぶりにここでのんびりできると思ったのに、いきなり朝に電話で遅番足らないからって言われて・・」
ごめんねって顔で直美が話していた。
「いいって、顔見れれば充分だから・・風邪とか引いてない、大丈夫・・」
「うん 元気だから 劉も大丈夫だよね 足・・」
「転んでないから、大丈夫」
うれしそうな顔に戻っていた。
「あ、これ持ってきたんだぁー 見てみる?」
言いながら小さなカバンと一緒に持っていた紙袋から何かを出そうとしていた。
「ちょっと、足出してよ、折れちゃったほうの・・」
ベッドに座っていたから言われたほうの足を直美の方に向けてみた。
「あー なんか想像より、大きい感じだなぁ・・間違ったかなぁ・・」
「なにが・・」
まったくわかっていなかった。
「はぃ これ 履いてみて」
言いながら紺色の大きな、それは大きな靴下みたいなものだった。
「靴下だよね?これって?」
「そうだよー 思ったより簡単だったんだけど サイズ測らなかったからなぁ・・だめだったらもう1回編むから」
「これって編んだんだ 直美が・・」
「靴下って初めてだったから 本買っちゃったんだけどね。赤い糸で編もうかなーって思ったんだけど、時期が時期だから、サンタさんみたいだからやめといた・・。いいから、履いてみてよ」
「うん」
すごく 大きく見えたけど、ギブスに包まれた俺の足も相当なものだった。
指先からゆっくり履いてみることにした。
顔は見えなかったけ、それをすごく直美に見られている気配だった。
「わぁー 私ってすごいかも・・」
ぴったりだった。
「うん。ぴったり」
ものすごく大きく見えたけどぴったりだった。
紺色の大きな靴下と半分隠れた白いギブスだった。ギブスは白ではなくてマジックで書かれた文字がいっぱいだったけど。
「ちょっと、歩いてみてよ」
「いいよー どれどれ」
松葉杖をついて少しだけ歩いてみた。
「寒くないよね これなら・・これで外の空気もいっぱい吸えるね」
自分のようにうれしそうな直美だった。
「ありがとう、忙しいのに・・」
本当にうれしかった。
「あ、紺色の靴下あるよね、右足もそれにしてみてよ」
言われたので、右足も似た色の靴下に履き替えてみた。
「どうですか・・」
「うん、いい感じ、よかったぁ ぴったりでー」
大きな声で喜んでいた。
「あ、でもね時間なかったから、それ1足だけだから、まだ・・」
「いいって、外に行くときだけ履くから、ここの中にいるなら平気だから」
「もう、慣れたから次は早いから、すぐに編んであげるね」
「いいって これだけで」
「もう1足は編まないと洗えなくなっっちゃうから、そんなに難しくなかったから平気だって」
うんってうなずいていた。
「お散歩いこうよ、せっかくだから、今日はあったかいし・・」
「うん。じゃあ少しだけね」
もう二人で歩き出していた。
「あ、浩くん、どう?」
隣のベッドの浩君がこっちを見てたから歩きながら振り返って聞いてみた。
「かっこいいっす。で、ぞっこんな理由がわかります」
「アホか お前は」
笑いながら言い返していた。
直美はなにって顔でこっちを見ていた。
「早いねー もう来てたんだねー」
佐伯主任がエレベーターを待っていた。
「見ますか?ほら・・」
左足を佐伯主任の足の前に出していた。
「あー かわいいわねー 直美ちゃんが編んだのぉーいいねー」
「思ったよりは、よくできたみたいで・・この前外を歩いたら指先が寒そうだったので・・」
恥ずかしそうに返事をしていた。
「で、お散歩いくんだ・・これから。いいなー 私なんて朝から忙しくって、やになっちゃう。じゃぁ、気をつけてねー」
言い終わると上にあがるエレベーターがやってきたので足早に乗り込んでいくようだった。
「さ、いきますか」
下りのエレベーターに直美と一緒にのりこんでいた。今日も左手には直美の右手がそっと乗せられていた。
まだ少し人が多かった1階の待合室を抜けてこの前行ってみた椅子のところまで歩くことにした。
「どぉー 暖かいかなぁ 靴下・・」
「うん。寒くないよ、これなら・・直美ありがとうね いろいろ」
「やだー なんかそんな丁寧に・・あ、これってクリスマスプレゼントじゃないからね。退院した日にクリスマスですから、劉と私のね・・それまではこの靴下で我慢ね」
「うん。これだけで充分だから ほかにプレゼントはいいからね」
「そんな高いものは買ってあげられないから 平気だよ。日曜日に、退院お祝いとクリスマスだからね」
言いながらベンチに座っていた。隣に俺も笑いながら腰を下ろしていた。
「夏樹が明日、いっしょにご飯たべようって 言ったのに断られたって言ってたぞ。遠慮しないでいけばいいのに・・」
「だってさー 劉がここなのに・・きっと思い出しちゃうから劉のこと・・だからいいんだってば・・それにさ、私がいなかったらきっと大場君と二人でご飯たべるんだってば・・そっちのほうがいいんだってば、夏樹にとっては・・おせっかいかもしれないけど」
「そっかー そうかもなー」
うんうんって笑顔で直美がうなずいていた。
「今度のは、靴下何色がいいかなぁー ねぇ、何がいい?」
「青っぽい薄い色なんて どう?」
「なんか むずかしいなぁー ま、考えておくね」
「うん 赤はやめといてね」
「えー かわいいと思うんだけど・・」
笑いながらの直美だった。
「寒くない・・・」
言いながら俺の左足の先を触っていた。
もちろん暖かだったし、足の指先に伝わる直美の気持ちはもっと暖かだった。