日出づる国
ヨシたち一族は暖流の流れる海岸地帯よりも、長く生活してきたツンドラ地帯の環境に近い、山すそを生活の場としていた。しかし、他部族との接触が少なくなり、情報が入ってこないばかりか、人的交流も時々往来する物品の交換の時だけとなっていた。ここぞとばかりムキの婿入り先やヨシカが迎えるべき婿の話題を振ってみるのだが・・・
そうしてやがてムキは南へ旅立ち、ヨシカやヨン、ヨヨほか数名の婿入りがあった。
木の周囲の雪が解けて地肌が現れ、新たな芽が伊吹始める頃のこと。
「ハァハァハァ・・・こ、ここは・・ヌ族の・・邑でしょうか」
ひとりの若者が地面に倒れかかるかのように両手と両ひざを地に着けた。そしてイヌが2匹。
「いかにも、そなたは?」
「あっ、ムキのイヌだ」
「それより水を飲みなされ、ささ」
ゴクゴクゴク ハァ――ッ
座ったまま キッと周囲を見渡した。
「落ち着かれたか・・・では話してみよ」
「ヨシはどちらに」
「ワレがヨシだが」
「ワレは・・・ワレはムキの使いの者です。今頃はムキたちは・・・もう生きては・・いまい」
ナント!
そこにいた者たちはざわめき、もっと詳しく知ろうと若者のそばににじり寄った。
「ムウ、みなをここに集めよ」
ムキより6歳下のムウは皆に知らせに走った。たくましい若者になっている。
その下がヨヨである。
「みな、静まれ。この若者の話を聞け。おぬしの名は?」
「ムキの弟にあたるマキソといいます。ずっとずっと南の方角に住む部族が、多くの邑を滅ぼし、ワガ邑にも迫って来ました。それを知ったムキは、すぐにワレを走らせたのです。この邑を直ちに棄ててずっと北の方向へ行け、と」
「よく分からぬ。ヒトがヒトを殺すというのか。そ奴らはヒトを食すというのか?」
――まァ、なんと恐ろしい。
――ヒトがヒトを殺すなど事、あるのか?
――ワレらは生き物を殺すが、その命をワレに繋げるため・・・
――ではそ奴らはやはり、ワレらを殺して食すのか。
「よくは分かりませぬ。南から逃れてきた者の話では、男は皆その場で殺され、女は奴らの邑へ連れて行かれたそうです。奴らの住む場所を広げているのだとか」
――そ奴らが暮らせるだけの広さでは満足できぬのか?
――ヒトの住まぬよい場所がたくさんあると聞いていたのだがのう。
「弓矢を多く所有し、黒い石をふんだんに持っています」
「そして、ここへも来るというのか」
「おそらく。ムキは少しでも時を稼ごうと抵抗する様相でした。ここへ来るとすれば、花が開く頃かと」
しばらく沈黙が続いた。
瞑目していたヨシは周囲を見渡しておもむろに口を開いた。
「分かった。みな聞け。男どもは直ちに北の方向へ行け!」
「して女たちは?」
「女は殺されはせぬ。男だけの足ならば十分逃げおおせる。子供は背負って走ればよい。とにかく、生きるのだ!」
「ワレらはひとつの族ぞ」
「分かっておる。ワレらが持つ香油。これを子々孫々にまで伝えよ。女は娘のみに伝えるのだ。ヌ族の歴史とともに。イヌはすべて男に託す。このにおいをイヌに覚え込ませよ。いつかは、いつかはきっとイヌがワレらを、ワレらの子や孫をひとつにしてくれようぞ」
「ヨシ」
「なんだヨヨ」
「ワレの子、まだややだ。ワレがいないと育たない。一緒にここにいたい」
「マキソ、どう思う。」
「男であれば目の前で、ややの胸に槍を立てられるかと・・・」
「そんなァ――、やだやだ、ならワレも一緒に死ぬゥ〜〜」
「ヨヨ、猶予ならぬ、ムウにゆだねよ。みな、命を粗末にするな! さあ、準備を整え直ちに出立ちせよ。マキソ、礼を言う。みなと行動を共にせよ」
ヨヨはややに乳を含ませながら、むせび泣いた。