むしめがね
02
その日。
水無月くんは朝私たちとしゃべったきり、一日中同じように黙っていたらしい。
らしい、というのは私は今日、遠巻きにも彼を見ていなかったからだ。
なぜかって?
そんなの、私も知りたい。
「なんで開かないのよー!」
そう叫んだら周りにちょっと響いた。普段この教室で大きな声を出す機会なんてまったくないから、これはちょっとした発見かもしれない。
じゃなくて。昨日騒がないようにと注意を受けたばかりだが、そんなことは言ってられない。緊急事態だこっちは!
「なんなのよまったく!なんで動かないの!?」
今、私が全勢力を持って対抗しているのは、図書室の扉だった。
引っ張っても押してもそれは動かず、これならどうだといわんばかりに思いっきり正面を蹴ってみたりもしたが、自分の足がダメージを負うだけで終わった。
びくともしない。がたりと振動も起さない。
「はぁ…なんでこんなことに…。てか絶対おかしいでしょ、このドア…。」
コンクリートでガチガチにでもされたのか。それほどまでに微動だにしない。
「もう学校終わるっつーの…。」
あぁ、窓から見える夕日が眩しい。
現実逃避したい気持ちを押し込んで、私はもう一度(もう何回も繰り返したが)この部屋に入ってきたときのことを思い出してみた。
二時間目の休み時間。
次の時間の準備をしようとしていた私は、知ってる声に名前を呼ばれた。
「橘さん、いる?」
「はい?」
それは司書の先生で、なんだか申し訳なさそうな表情で手招きをしている。
(なんだろう?)
私は急いで先生のところまで行くと、いきなり鍵を渡された。
「いきなりごめんなさいね。実は私、急に用事が入っちゃって今日図書室にいられないのよ。」
「あ、そうなんですか。」
「そう。だからもう鍵かけちゃおうかと思って。」
司書の先生がいないと図書室は開けられない決まりになっているので、今日はもう図書室を閉めるのだという。
「でももう出なくちゃいけないから、上まで行ってる時間がないの。」
ちなみに図書室は五階。ここは二階。確かに結構なロスタイムにはなってしまう。
「で、たまたま近くに私のクラスがあったから頼みにきた、と。」
「そうなの!お願いしちゃっていいかしら?」
昼休み以外の休み時間は短いけど、往復できない距離じゃない。というわけで。
「いいですよ。」
「ありがとう!じゃぁお願いね!」
私の返事を聞くと、よっぽど急いでいたらしい先生は走っていってしまった。それを見送りながら鍵を手の中で遊ばせて、私はそのまま図書室へ向かった。
鍵をかける前に中に誰もいないか確認するため、私は図書室へ入る。
隅々まで見て…、よし、誰もいない。
さてさて教室へ戻ろうかとドアへ向かったのだが、そこで違和感。
「あれ?私ドア閉めてなかったと思うんだけど…。」
開けっ放したままだったはずの扉はぴっちりと閉まっている。不思議に思いながらそれに手をかけると。
「…?………!?……!!??」
その扉はまったくといっていい程、ぴっちりぱったり動かなくなっていた。
はい、回想終了!あきらかにおかしいのはこの図書室!
「勘弁してよ…。」
おかしいのは昨日のゲジコさんだけで十分だ。さらに悩みを増やさないでほしい。
「つーかいつ開くの…?これ。」
ドアは開く気配なし。人が来る気配もなし。…おかしいというのならそれもまた一つの疑問だ。
「なんでこの階に誰も人がこないの…?」
図書室の他にもこの階には特別教室がいくつかある。授業なり部活なりで使うはずなのに、誰一人としてこの階にはやってこないのだ。…本当にどういうことだ。
「もしかしてこのまま出られなかったり…?あはは、まさかそんな。」
やばい、自分で言って不安になってきた。でももう、自分一人ではどうにもできない気がする。散々いろんなことを試してみたけど(蹴る、椅子で殴る、体当たりなど)、全部無駄に終わってしまったのだ。
「あぁぁあどうすりゃいいのよー!」
思いっきり喚いたそのとき。
『クスクスクス……おもしろいお嬢ちゃんですなぁ』
声。
からかうような、でも艶やかな声が聞こえた。
…誰もいないはずなのに?
弾かれるように後ろを向いて、後悔した。見てはいけなかった。そんな気がする。
なんたってそこには、私と同じくらいの大きさの蝶々がいたのだ。しかもなぜか頭は人間の女の人というおまけつき。かなり美人な人だったけど。
……正直にいって。
美人なんて霞んでしまうくらいインパクトが強かったので、かなり気持ち悪かった。