小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

むしめがね

INDEX|6ページ/6ページ|

前のページ
 



 はっきりいって、私は虫というものは得意ではない。どうしても嫌、というわけでもないけど。
 さてさてどうして、こうも二日連続で縁があるのか。しかも普通ではない虫に。

「………………………………………。」
『ずぅっと頑張ってはりますなぁ。可愛らしゅう可愛らしゅう。』
「………………………………………。」
 三点リーダーの無駄遣い。という名の絶句。
 絶句しつつも相手のことをまじまじと見てしまう。
 長い黒髪を緩く結いあげ、そこには綺麗な簪。
 その黒髪が引き立たせているような陶器のような白い肌。
 その白さに華を添えているかのような美しい紅い唇。
 そして体は蝶々。
 ………やだなぁなんか。
 戸惑っている私に関わらず、相手はおもしろそうに笑いながらこちらにずるずると寄ってきた。ずるずるって!翅ついてるのに!
『昨日の坊ちゃんといい、ここには面白い御方がたくさんいらっしゃいますなぁ。』
「ぼ、ぼっちゃん?」
 あ、しまった。つい聞き返してしまった。
 しかし相手はそれに嬉しそうに口端をあげる。
『そうですぇ。わてに会ったのは坊ちゃんとお嬢ちゃんの二人だけ。坊ちゃんはまぁわかるとしても…お嬢ちゃんがこんなにうまくかかってくれるとはなぁ。』
「え?今なんて?」
 なんだか今、不思議な事を言わなかっただろうか。そう思って聞き返したのに、その人(?)は『何でもないですぇ』とにっこり笑って何にも答えてはくれなかった。
 とはいえ。
 こんな状態を私は現実として受け入れていいんだろうか。受け入れちゃったら何かが崩れる気がする。主に今まで培ってきた常識とか。
 この現状が現実ではないとすると、考えられるのは夢だろうか。あ、うん。そうかも。そうなんだよきっと。図書室きてそのまま寝ちゃったんだよ。昨日寝てないし。うん、きっとそうだ。
『しかしお嬢ちゃん。』
「はい?」
『可愛らしゅうお顔なさってぇ。坊ちゃんも綺麗なお顔やし、ええなぁ。人間は。』
「ひぇ!」
 さ、触られた!虫みたいなあの手らしきものでほっぺ撫でられた!夢のくせに変にリアルだな!感触まであるなんて!
『…………なぁ、お嬢ちゃん。ここから出たいですぇ?』
 ほっぺを触れられたままの状態で、まるで見下ろされるようにして問われた。心なしか体が緊張する。
 ずるっずるっという音が聞こえてきた。
 その人はさらに私に近づいて、ついには首を真上にあげなければ顔が見えないくらいの位置にきてしまう。顔の両サイドに少しだけ流されていた長い黒髪が、私の顔へと舞い降りた。
『わてならお嬢ちゃんを出してあげることができますぇ。』
「……本当に?」
『嘘などつきません。』
「私一人では無理なの?」
 頭の奥がガンガン鳴ってる。それは頭痛にも似た血液が巡る音。
 予感がしてる。警告されてる。体全部が本能的に叫んでる。

 『これ』は、よくないものだ。

『無理ですなぁ。わての力がないと』
「……頼んだら、私は無事にここから出られるの?」
 そう尋ねれば、相手は笑った。
 見惚れてしまうくらい、艶やかな笑顔。
 背筋が凍るくらい、冷たい笑顔。
『わてはね、お嬢ちゃん。タダでは働かないんですぇ。だから代わりに欲しいものがあるんですわぁ。』
「……欲しいもの?」
『そう。それをくれたらお嬢ちゃんを出してあげられます。』
「……何が欲しいの?」
 すると紅い紅い唇が。
 にぃぃぃぃと歪んだ。

『お嬢ちゃんのお顔をくださいなぁ。』

 瞬間、私の頭の上で空気が走った。がちんっという音が頭上で鳴る。
 咄嗟に屈んでいなければ首から丸ごと喰われていたかもしれない。
 私はするりと緩やかな拘束から抜け出して、そのまま床にゴテンと転がった。
 やばい、もしかして腰抜けた?
『なんで逃げはりますかぁ?』
「当たり前じゃない!」
 なんとか距離をとるために這いずりながら移動するけど、相手もずるずると追いかけてくるからあんまり意味がない!
『外に出たくないんですぇ?』
「頭がなくなったら本末転倒です!」
 無我夢中で這っていたせいか本棚の目の前にきてしまった。向こう側へ行く道は遠くて(横に広い本棚だから)、棚を避けてたらその間に捕まる!
「大体なんで先払い制なんですか!それに私はまだ、あなたに出してとは言ってない!」
『条件を聞いたんだから同じことですぇ。』
 そんな会話をしているうちに本格的に逃げ場をなくして、結局本棚に背中を預ける形になってしまった。正面に対峙するその人は、楽しそうに笑っている。
 なにか、なんかない!?こっちに来させないようにするもの、なんかない!?
 あっ、本は当たると痛い!
 後ろから本を引きぬいて、いざ!
「ていっ!」
『ほほほ。本当に可愛らしゅうなぁ。』
 しかし相手は余裕で、笑いながら背中の翅を軽くバタつかせて小さな風を起こし、投げた本は見事に私のところまで舞い戻って額に直撃した。しかも角。
「〜〜〜っ!」
 い、痛い!あまりにも痛すぎて声が出ない!涙がでてきた!
『観念なさいなぁ、お嬢ちゃん。大丈夫ですぇ。お嬢ちゃんのお顔はわてがちゃあんと使いますからぁ。』
「安心できるかそんなアフターケア!」
 軽口に聞こえるけど実際は必死すぎる攻防は、案外あっけなく終りになった。
 いい加減片をつけようと思ったのか、相手は一瞬で私の目の前まできて近すぎるくらいの位置で止まった。
 突然のことに息が詰まったまま動けなくなった私を、相手は嬉しそうに見る。
『元気がいいにはいいことですが、ここまでにしましょうかぁ。お嬢ちゃん。』
 やばい。やばいやばいやばい。
 本格的に逃げられない。
 もう動けないし、そもそも相手が逃がしてくれない位置にいる。
 夢じゃないの?
 現実なの?

 私、死んじゃうの?

 紅い唇がまたにぃぃぃぃと歪んで、恐ろしいまでにその口が開いた。まるで鮫みたいな歯が並んでて、あれに噛まれたら痛いじゃすまない。

 やだ。
 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだこわいこわいこわいやだ。

 死ぬ。

「いやぁぁぁーーー!!!」

 刹那。
 大きな破壊音と共に図書室のドアが吹っ飛んだ。あれだけどうにもならなかったドアが、内側めがけて吹っ飛んできた。
 何事かと蝶々の人はそちらに目を向ける。私は涙目のままそこにある光景を呆然と見ていた。
 そこにいたのは、後ろに三メートルはあろうかと思われる大きな蜘蛛を引き連れたあの転校生。
 水無月夜宵だった。




作品名:むしめがね 作家名:のいま