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むしめがね

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「いって…。」
 なんでこんな場所に人が座ってるんだとか、やっぱり無理してたくさん本持たなきゃよかったとか、早く本どかさなくちゃとか。色んな事が頭に巡ったけど、まさかの彼の声で私は一気に現実に引き戻された。
「ご、ごめんなさい!まさかこんなところに人がいるとは思わなくて!」
「…………。」
 あぁぁ、怒ってる?本の角とか当たっちゃったからかなり怒ってる!?
「本当にごめんね!今片付けるからじっとして」
て、と続けようと思って手をあげようとしたら。

 何かが手にいる予感がする。

 しかもこの感触は不本意ながらも人生の中で一回くらいは経験した事があるような。
 それは決して嬉しい感触じゃない。
 反射的に鳥肌が立つようなこの感覚は……。

 あぁ、人間って恐ろしい。怖いもの見たさってあるよね。たとえ後で後悔することになっても!
 恐る恐る右手に目線を送って、それを見てしまった。
 手のひらにいる、バカでかいゲジゲジを。
「…いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 やだやだ!マジで勘弁して!離そうと必死に手を上下に振るがその虫は一向に離れない。ちょっと!なんで頑張って掴まってるの!
「やだ!やだ!気持ち悪いー!」
「動かないで。」
 場違いな落ち着いた声に、私は思わず反応する。そのまま言葉の通りピタリと動きを止めると、その隙に水無月くんはゲジゲジをとってくれた。
 やっと離れたあの感触に安堵の涙が出そうになる。
「ありがとう!たすかっ………?」
 顔をあげて彼を見れば、まだその手には例のゲジゲジが蠢いていた。普段ならそんなもの見たくもないけど、でも目が離せない理由がそこにはあった。

 さっきは驚きすぎて深く考えなかったけれど、そのでかさは普通ならありえない大きさだった。私の手のひらより少し小さいくらいだ。
 改めて見なくても気持ち悪い。
 色は普段みる茶色とかではなくて…紺色に近い色合いをしている。
 ますます気持ち悪い。
 そしてその巨大ゲジゲジには何か模様がある。緑の長い水玉みたいなのが長い体の側面に三つずつ付いていた。
 否応なしに気持ち悪い。
 結果:気持ち悪い。
 そういうことになった。いや違うだろ私。
「ねぇ水無月くん…これ、ってさ。」
「どれ?」
「どれってそのゲジゲ…あれ?」
 気がついたら水無月くんの手には何もいなかった。
 え?うそ!私、目離したつもりなかったんだけど!いつの間にあれを逃がしたの!?
「あ、あれ?あれ?今バカでかいゲジゲジがいなかった?水無月くんがとってくれて…。」
「…俺、なんにもしてないけど…。」
「だってさっき動かないでって!」
「そんなことより早く本集めない?」
 慌てふためく私を余所に、彼はため息と一緒にもっともなことを言う。
 ゲジゲジのせいですっかり忘れてた…。
「あ、うん。そうだね…って違う!私はそれよりさっきのゲジゲジの件が!」
「橘さん?どうしたの?」
 いきなりの第三者の声に後ろを向くと、そこには司書の先生がひょっこりと顔を出していた。
「先生!聞いてくださいよ!今さっきバカでかいゲジゲジが!」
「ゲジゲジ?」
「はいっ!それで思わず私叫んじゃって…あ。ごめんなさい先生、あれだけ騒いじゃって…。」
「まぁ確かに話し声はしてたけど…叫ぶような声は聞こえなかったわよ?」
「へ?」
 あれだけぎゃーぎゃー騒いでたのに?図書室中に聞こえるくらいに叫んでいたはずなのに?
「でも図書室では静かにね。あと、本の片付けが終わったら今日はもう大丈夫だから、暗くなる前に帰るように。」
「は、はい…。」
「そこのあなたもね。」
「はい。」
 じゃぁよろしくね、といいながら先生は本棚の向こうへ隠れてしまい、そのまま隣接している資料室へ戻っていった。
 呆然としながらそれを見送ると、すぐ横でどさっという音が聞こえた。見るとすでに水無月くんが本を集めてくれており、私も慌ててそれに加わる。
 しかし頭のなかを占めているのは先ほどの事で、私はぐるぐると考える。
 ………おかしい。
 なんだか色々おかしい。
 恥ずかしながらあれだけ取り乱したのだ。先生だけじゃなくて他の生徒たちに睨まれても仕方がないのに、みんな知らぬ顔で閉館時間だからか片づけをしている人が多い。
 おかしい。辻褄が合わない。白昼夢でも見たというのか、そんなバカな。
「じゃぁ、俺帰るから。」
「へっ?」
 考えに没頭しているうちに水無月くんがすべての本を集めてくれたらしい。気がつけばつつけば崩れそうな本の塔が出来上がっていた。
「うわぁ、重ね重ね申し訳ありませんでした…。」
全部やらせちゃったよ。だめじゃん!
「……いや、こちらこそ。」
「え?」
「そもそも俺が床に座ってたのが悪いんだし。」
「でも、私も前方不注意だったんで…。」
「…じゃぁお互い様ということで。」
「そういうことで。」
 それで話がついたため、彼は「それじゃ」と言ってさっさと図書室を出ていってしまった。閉じられたドアを目で追いながらぼんやりと思う。
(……なんだこの体験…。)
 今までのことは全部私の幻覚だったんだろうか。特にゲジゲジだけど。主にゲジゲジだけど。
 でも。
 水無月くんと話したのは、たぶん幻覚でも白昼夢でもない。
 よく覚えてる。
 その声は低くて、よく透る声だった。



作品名:むしめがね 作家名:のいま