かい<上>ただひたすら母にさぶらう
「え~えっ、今日は00さん、デイに来られたときから、下の入れ歯をハズしておられたんで、おかしいな~と思ってたんですよ!」とヘルパーさん。
「お袋ちゃん、い~んしてみぃ」
「なんやの!、にいちゃん」感の鋭い母が、警戒の表情を見せる。
「下の入れ歯、どうしたん?無いでぇ」
「い~ん、ないかーっ」と、気にも留めない。言わずもがな、1年も経たないうちに、母の下の入れ歯は、私の度重なる油断で、三個紛失したのである。私は、ダメモトで。
「お袋ちゃん、入れ歯、どこに置いたか分かれへんかな~?」
「しらんで~」
「何処な~、探してもないねん」(俺はほんまに阿呆やな~)私の心境だ。
「だれかが、もっていったんちゃうか~」(うん、そうやろな~、お袋ちゃんの言う通りや誰かが持って行ったんやろ~、私は心の中でそう思った)。
かくして、母の入れ歯は現在、上が三個、下が0個となりました。決して母のせいではないのだ。
「わあ~ウレしい、おそなえしてくれんのん!」
2005/4/18(月) 午後 1:15
某月某日 夕食後、母は、残したおかずを一生懸命、テーブルに広げたティシュの上に載せる作業を黙々と続けている。その真摯な作業態度を見ながら、母に声を掛けた。
「お袋ちゃん、もう食べへんのん?」
「もう~たべましたっ!」と、平然と言い放つ母。
「そやかて、まだ、残ってんで~」
「これは、おそなえするんやんか~」
「誰に、するん?」
「みんなにせなあかんのっ!」と、真顔で。
「お袋ちゃんの食べ残しを、お供えなんか、出来ひんのちゃうん?」(駄目もとで言ってます)。
「たべのこしーっ!、ちゃうでー、おそなえするために、こうてきたんやでー」口を尖らせ言う母。やっぱりだ。
「そやけど、それ、今、お袋ちゃんが、食べてたやつやで~」
「わたしは、これたべてへんっ!」
「今、食べとったやんか~」(消えるような私の声)。
「なにゆ~てんの、たべてへん!、これは、おそなえのやつやんかっ!」これ以上、母にあれこれ言うと必ず母に叱られる。ここからは、母の世界へ入り込む。
「もう~、その位でえ~のんちゃうか~」
「そうかな~」と、母が。
「仏さんも、そんなによ~け、食べられへんで」
「にいちゃん、そう、おもう?」
「うん、思うな~」
「そやけど、まだ、のこってるから、もうちょっとなっ!」母は上機嫌だ。
「あとは、僕が食べるから、その位いで、え~んちゃうかな」
「にいちゃんもたべたいの~?」
「うん、美味しいそうやから!」
「ほんだら、たべてえ~よ」
「食べるわ~、有難う!」
「ど~うぞ」と、母が、両手に持って、大切そうに差し出してくれた。
「さあ~、そしたら、お袋ちゃんが折角、一生懸命、お供え作ったから、親父の仏壇にお供えしとこな~」
「わあ~うれしい、おそなえしてくれんのん、やっぱり、にいちゃんはかしこいなー」と、母は満面の笑みを私に向けてくれる。私は、こうして母の世界に入って行くコツを少しずつ母から教わるのだ。
「わ~キレイな~」
2005/4/19(火) 午後 1:03
某月某日 朝食後、春風も暖かく、リビングのカーテンを一杯に開けた。ベランダに置いてある満開の花を、母が指差し。
「わ~キレイわー、にいちゃんみてみぃ、あこ~うてキレイでぇー」
「ほんまやな、綺麗に咲いたな~」
「だれがうえたん?」
「うん、お隣の00さんがくれはったんやでぇ」
「そうか~、もろたん、おれいゆ~たか?」
「言うたよ~」
「わたしもゆ~とかなあかんなっ!」
「うん、会~たらお礼ゆ~ときな!」
「うん、ゆ~とくわー!」
「さあ~お茶飲んで、学校(デイサービス)行く用意しようか?」
「おしっこ、いきたいねん」母をおトイレへ。トイレを済ませてリビングに戻ると。
「にいちゃんみてみぃ~、あかいハナさいてるわ~」と、母が。
「ほんまや、綺麗なあ」
「だれが、うえたん?」
「うん、あれはな、お隣の00さんが、くれはったんやで」
「あっ、そうかいな、しらんかった、いつもろたん?」
「去年やで~」
「おれいゆ~とかなあかんな~」
「00さんに会うたら、お袋ちゃんからもお礼言うてなっ!」
「わかった、ゆ~とくわ!」
「お袋ちゃん、見てみぃ、今日は、青天やで~」
「ほんまやな~、え~てんきや!」
「こないだ、桜も満開で綺麗やったで~」
「そ~かー、わたしもみたかったのにぃ」先日、母はデイサービスで、近くの公園の桜を見にお出かけしたばかりだ。
「お袋ちゃん、今度な~僕の休みのときに花見に行こか~」
「いくわ~、ハナみなんか、したことないから」
「もう直ぐ、学校に行く時間やで~」
「にいちゃん、みてみぃ~、あかいハナ、キレイにさいてるわ~」
「わ~ほんまやなっ!」デイの送迎バスがくるまで、この会話は終わらないのだ。母と私の共通の世界だ。
「そんなこと、せーへんわっ!」お金、その(1)
2005/4/21(木) 午後 1:07
某月某日 会社に着いてしばらくしてから、母が通う老健施設(デイサービス施設)から電話があった。母に何かが(私、小心者ですが覚悟だけはしております)。
「00さんですか!?。お母さんのトートバッグからお給料袋が出てきましたので、お預かりしています」
「えっ!、給料袋ですか?」
「はい、0000さんと書いてあります。間違いございませんか?」
「はい、間違いありません。私の先月の給料です」
「00さん、こう~言うの困ります。万が一と言うことがありますので、施設には必要なモノ以外、まして、現金等は絶対に持ってこないようにお願いしますね!」
「はあ~、申し訳ありません。今度から注意します」(良かったー、金かー、小心者はこれやからあかん、と心中の私が言っている)。
我が家では、給料日にお給料を袋ごと、親父の仏壇に、お供えする慣習がある。先日、その慣習で仏壇に供えたばかりだった。
仕事を終え、急いで帰宅し、仏壇を見た。やっぱり、お供えしていた、給料袋がない。お供えした給料袋を2~3日そのままにしておくことは、まま、よくあることなので、気にもしなかった。仏壇は、母の居室にある。その晩、母に。
「お袋ちゃん、あんな~、給料は学校へ持って行ったらあかんで~、給料もそやけど、お金もあかんねんで~、分かった~」
「きゅうりょうなんか、もっていってへんで、なにを、ゆ~てんねんな」(アホかーと言わんばかり)の母の顔。
「今日な~、学校から僕に電話があってな~、お袋ちゃんの鞄に、給料袋が入ってたんやてぇ」
「あんたが、いれたんか~」
「いや、僕は入れてへんけどな~」
「ほんだら、だれやろなっ」と、小首を傾げ、母が言う。このぐらい人間余裕が欲しいものだ。(お袋ちゃんのほうが、腹座っとるわ)。
「お袋ちゃん、ティシュに包んで、何でも入れるやろ~、入れて忘れたん違うかな~」
作品名:かい<上>ただひたすら母にさぶらう 作家名:かいごさぶらい