かい<上>ただひたすら母にさぶらう
「そうやで、お袋ちゃん、学校好きやろ」
「がっこうで、なにすんの~」
「明日はなっ、カラオケ大会やで、お袋ちゃん、歌好きやろう」
「うん、ウタ、すきや!」
「さあ~着きましたよ、早よ家に入って、寝ましょうかっ!」
「どんな、ウタ、うたうのん?」
「そ~ら、ちゃんと先生がな、お袋ちゃんの唄いたい歌を、唄わしてくれんねんでぇ」
「それやったら、ウタうわ~」母が、ニッコリ笑って、嬉しそうに私の顔を見上げた。
「母のデコチンに私のデコチンを合わせて、ベーベー!」
「なにすんの~、このコは~」と母。その顔は笑ってる。
PS:10年前の阪神淡路大震災で我が家は半壊しました。それでいまは、このマンションに引越してきたわけです。以来、母は痴呆症(当時はそう呼んでいました、今は認知症)となりました。私は母を通して、同じような状況になられた沢山のご家族を見て来ました。最悪な事例は心中でした。いまでも、多くのご家族の方々が介護を巡って、悲惨な状況に追い込まれています。どんな状態になっても母は母であります。
「だれが、ふくん!」
2005/3/14(月) 午後 0:39
某月某日 今日も恙なく。
「お袋ちゃん、そろそろ寝ましょうか?もう、10時になったよ!」と、私は掛け時計を指さした。
「う~ん、もう、そんなじかんか~」母をトイレへ連れて行き、寝る前の家族二人きりの儀式が始まった。
「ここで、するんっ?」洋式のトイレを指さし。
「そうやでぇ」
「シィー、チョロチョロ、にいちゃん、でたわ、ふふふ~ん」と母がニッコリする。いい笑顔である。
「良かったな、ちゃんと出たな~」私が、トイレットペーパーを、グルグル巻くのを、母は悠然と眺めている。
「そんなよ~けいらんで」と、母は何時も言う。
「このくらい、無かったら、拭かれへんよ」
「どこ、ふくん」
「お袋ちゃん、のお尻やんか?」
「だれが、ふくん!」私もこのくらい、泰然としたいものだ。はい、もちろん私である。この家には、母と私の二人きりだ。
「わー、うれしいー!」
2005/3/16(水) 午後 1:17
某月某日 寒の戻りで、この数日は、粉雪が舞うほどの寒波。母は連日。「にいちゃん、さぶいねん、もっとかぶせて」と言う。毛布を二枚重ね、さらに羽毛布団、敷き布団も毛布に取り替えた。それでも、母は、夜中に幾度も目を覚まし。
「にいちゃん、さぶいぃー、さぶいやんか、かぶせてぇ~」と四つん這いで、私の寝床へやって来る。連日のこの母の波状攻撃には、さすがの私もダウン寸前である。
「お袋ちゃん、これだけ、かぶっとったら大丈夫やから、ゆっくり寝~や」と、連日母に言い聞かせる。
「カゼがな~くるねん、とぉ、しめてへんのんちがうかな~」
「戸はちゃんと閉めてあるよ、カーテンもほら締まってるやろ~」
「そうかな~」と母。
「そうやでぇ」と私。これ、真夜中の何度目かの会話である。私の起床時間の、午前6時半頃まで繰り返し続く。そして、夜明け。
「お袋ちゃん、お早うさん!」
「にいちゃんおはよう~」
「もうちょっと寝るか~?8時になったら起こしたるからな~」
「うん、ねむたいねん、もうちょっとねるわ~」飛鳥大仏のような、母の寝顔である。お湯を沸かし、お茶の用意、身支度を整え、5分で朝食を済ませ、母のデイケアへ出かける準備をする。今日は、入浴のある日だから、大きい方のカバンに、バスタオル、タオル、肌着上下、履くオムツ、お便り帳、腰痛ベルト等の一式。そして、これを忘れると母が本気で怒る、ティシュペーパー1箱。以前これを入れるのを忘れて母に、「わたしをバカにしてんのんかっー!」と叱られたことがありました。朝食の用意が出来たので、母を起こす。
「さあ~、ご飯食べて学校(介護施設を母は学校と呼んでおります)行こなっ!」
「うん、きょうは、がっこうでなにすんのん?」
「お袋ちゃんの好きなカラオケ大会やで~」
「どんなウタ、うたうの~?」
「お袋ちゃん、の好きな歌やったら何でも、唄わしてくれるよ!」
「わ~、うれしいぃ~」と、母は満面の笑顔で。
「にいちゃんもいこう!」と言ってくれる。このところ、毎朝の、母と私の会話である。
「にいちゃんばっかりつこ~て、ごめんね」
2005/3/21(月) 午後 0:30
某月某日 この日は母と一日中、二人きりの親子水入らず。朝、私は何時もの時間、6時半に起床する。隣の和室で寝ている母が、気配に気付き。
「にいちゃん、もうおきたん?」
「うん、起きたよ」
「なんじですか?」と、母。
「まだ6時半やから、お茶の用意できるまで、寝といてえ~よ」
「そうですか、ありがとうございます、もうちょっと、ねかしてもらいます」と母。
やがて。
「にいちゃん、にいちゃん、もうおきても、よろしいか~?」
「ええよ~、起きといでぇ」
「ありがとう、ありがとうね~」と言う母を、おトイレへ連れて行く。漬け洗いしてあった入れ歯を、お湯ですすぎ、母を洗面所へ。
「わーっ、ぬくいは、きもちええは、にいちゃんありがとう!」朝食を勧めると。
「にいちゃんがよ~いしてくれたん、ありがとうございます」と、ペコリとお辞儀する母。朝食が終わって、私が、食器を片付ける間中。
「にいちゃん、わたしがするからええよ~」と、母が何度も言う。私が、キッチンで後片付けをしていると。頭を何度も下げながら。
「にいちゃんばっかり、つこう~て、ごめんね!」と、繰り返し母が言う。母は認知症では無い。母は心の底から、男の私が、台所仕事をすることに、感謝してくれているのだ。
「にいちゃん、スキきや!」
2005/3/24(木) 午後 0:33
某月某日 深夜の午前1時頃。
「にいちゃん、にいちゃん」と母が、四つん這いで、私の寝床へやって来た。
「どうしたん?」
「あのな~、わたしを、おいかけてくるひとがおんねん!こわいねん!」
「そうか~、悪いやつか?」
「そうや、にいちゃんどうしょう、こわいねん!」
「心配せんでもええよ、僕がついてるからなっ!」
「ふたりもきてるねんでっ!どうしょう?」
「ほな、ここに入りぃ」母を私の寝床へ入れ。
「な~んにも心配せんでええからなっ!」母が私の寝床へ、こうしてやって来るのは、日常茶飯である。最近は、誰だか不明だが、母をストーカーする奴が、いるらしいのだ。ほんの2、3分横になった母が。
「にいちゃん、おしっこしたい」
「うん、おしっこか、分かった、行こ~か」
「にいちゃんは、な~んでもよ~しってるな~」と、母。
「そらそ~や、お袋ちゃんのことやったら、何でも分かるでぇ」
「にいちゃん、かしこいな~」と、母。なんの屈託も無い。2~3回こうした徘徊を繰り返すのが常である。で明け方近く。
「おか~さ~ん、おか~さ~ん」と言う、母の声。私も少々、夢心地で聞いていたので、俄かには目が覚めなかった。起きてこない私に、母は突然、私の顔や頭を叩き始めた。思わず、目覚めた私に。
作品名:かい<上>ただひたすら母にさぶらう 作家名:かいごさぶらい