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窓越しランドスケイプ

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「理由、か。そんなもの、何にだっていらないと思うがね。……一応、親しい間柄の身なんだ、心配しているんだよ」
「心配?なんのさ」
「いつもは維人といるくせに、何だって今日はまた一人なんだ、とね」
 言って、木枯はグラスに残った焼酎を一気に飲み干す。グラスを置いて、カウンターに向かって、―――恐らくは親父さんに向かってだろうが、その目はどこも捉えていない―――蛸のから揚げ、と少し大きめの声で言った。
「べつに、いつもじゃないだろ。それに、あれはあいつが勝手に付きまとってくるだけだ。僕にとっては―――ただの、友人だ」
「ふ、ふふ。そうやって迷惑がってる割には、完全には否定しない。そして、君はそれを嫌いになりきれないだけ、という的外れな解釈をしている。しかし、実のところは、奴のことが気に入っているんだよ」
「何を、莫迦な」
「では何か。オレがお前の家に上がりこんで、『飯』と言えばお前は食事を用意するか?しないだろう。……そういうことだ」
 ―――。
木枯の言っていることは、理解出来る。少なからず、僕の中での維人の存在は、何か他のものには無いものを孕んでいる。だけど、それは。
「なんだろうな」
 木枯に問うでもなく、ただ中空に言葉を投げる。それに答えるように、木枯もまた、中空へ言葉を投げてきた。
「……、それが、恋、だろう」
 木枯はグラスに焼酎を注ぐ。カウンターから蛸のから揚げが木枯の前に差し出され、僕はそれを一つ摘んで、口に運ぶ。旨い。木枯は何も言わず、またちびちびと焼酎を飲み始めた。
 僕の目の前にあるグラスには、まだ半分ほど烏龍茶が残っている。
 蛸のから揚げは、熱く、少し舌が痺れるような感じがして、残った烏龍茶を飲み干し、もう一つから揚げを摘んで口に運ぶ。やっぱり、旨い。

 部屋に戻ると、維人の姿は無かった。冷蔵庫の中に入れておいたプリンは一つになっている。
「―――」
 携帯を見れば、着信を受けている状態になっている。しかし―――残念ながらと言うべきなのか―――、それは維人からのものではなかった。通話ボタンを押して、繋ぐ。
「何だ、彩子(さえこ)」
 着信画面に表示された名前を告げる。しかしスピーカーから聞こえるのは空気の流れる音とノイズ。肝心の彩子の声は一向に聞こえてこない。
「おい、彩子―――?」
 繰り返し呼びかける。だが、聞こえる音に変化は無い。時刻は日付が変わるまであと十数分といったところ。とはいえまだ繁華街は賑わいを見せる時間だし、街から明かりが消えるまでにはいま少し時間がある。
 耳をスピーカーに押し当て、意識を研ぎ澄ませる。ノイズに混じり、声。客引きの声だ。他にも、クラクションの音。
「駅前、か?」
 しかしそれはあまり考えられるものではない。何せ彩子は酒を飲まないし、人ごみを極端に嫌う。だから繁華街に行くことはありえない。それも、一番賑わいを持つ夜に。
 身を翻し部屋を後にする。通話を切り、リダイヤルから維人の番号を引き出す。
 コール音。コール音。コール音。
「あいつ、寝てるな……」
 呆れて呟く。いや、違うな。拗ねているのかもしれない。
 呼び出しを続けたまま外に出て、先ほど辿って来た道を走り出す。しばらくすればコール音が止まり、繋がる。
『な、何だよ』
 眠そうな声が聞こえる。たたき起こすように、僕は言う。
「駅前に来い。彩子が妙なことになってるかもしれない」

 日付が変わったころ、僕と維人は駅前の繁華街に着いた。先ほど木枯と別れた時ほどの人数はいないが、それでも通りを歩く人々の数は人混みと形容するには十分だろう。
「で、どっから探すんだよ」
「分かっているんだからいちいち聞くな。お前を連れてくる理由なんてそれ以外に無いだろ」
 維人とても渋い顔をしたが、肩をすくめて前に向き直った。
「……」
 維人は喋らない。じっと雑踏を見つめているのか、にらみつけているのか。ただ、其処から動こうとしない。
 維人の後ろで、人の流れを眺めていた。赤い服、青い服、白い服、黒い服、何色かが織り交ぜられて極彩を作り上げている服。夜中であるにもかかわらず、色で埋め尽くされている。
 それは、人だけでなく街も同じだ。
 装飾された看板やネオン。落書きされた表通りに面していない壁。空さえも、沈んだ黒が星と月に彩られている。ただでさえ忙しない街は、その輪郭をよりいっそう際立てているように見える。
「―――、おい氷雨」
 そんな風に観察していた僕に、手前の維人が声を投げた。
「一杯、食わされたな」
「さて、来てもらおう」
 維人の前には黒みがかった普通のスーツを着込んだ三人組の男。うち一人は赤いネクタイを着用していて、他の二人はネクタイをしていない代わりにミラーの無い黒いサングラスをつけている。襟元には一様に同じピンバッチがつけられている。
 ネクタイをしていない二人の男は彩子の腕を片側づつ押さえて―――否、支えている。
厭な、臭いがする。いや、むしろ消したはずの臭いだ。
「困るのだよ。君たちのような欠人(かけびと)が世間に野放しになっていては。……そもそも何が不満だと言うのだね?施設にいることに」
 ネクタイをした男が口を開く。極めて事務的な声に、人を見ない目。ような、なんて生易しいものではない。事実、その男は僕らを人として見ていないのだ。
「確かに多少の拘束はあろう。しかしそれはあくまで君たちを守るためのものだ。任務にだって君たちの持っている能力を考えれば簡単なものだろうに」
「そうだな。何が不満って―――」
「おい氷雨!」
「その態度かな!」
 振りかぶって、男に思い切り回し蹴りを入れる。同時に、右のこめかみ辺りに刻印が浮かぶ。男は飛び退いて避けようとしたが間に合わない。わずかに威力を殺しただけで、退いた勢いに蹴られた勢いが重なり、二メートルほど後ろに飛んだ。僕は振り切った足を戻し、腰を落として戦闘態勢を取る。
「あんたらだって、僕の能力を忘れたわけじゃないだろ。失せろ」
 残りの男二人を一瞥して、吐き捨てる。慌てて彩子から手を離した辺り、どうやら彼らは一度対面したことがあるようだ。支えを失った彩子は倒れそうになるが、定まらない視線を落としながら一度ふらついただけだった。
「……ふん」
 彩子はたたらを踏みながら僕と維人のほうへ歩み寄り、それを維人が支える。
「二度目は、ない。我々と来い」
 僕に入れられた蹴りのダメージなど、まるで無い、とでも言うように男が言う。
「それは、僕の台詞。アンタこそとっとと失せないと、死ぬよ。僕の能力を知らないの?」
 その一言が、決め手となったのか。後ろで様子を窺っていた男二人がその男を庇うように口を開いた。しかし、事実その言葉は男を庇うものではない。間違いなく自身の身を守るためだけに発せられたものだろう。
「だめです。ここは一度引かないと―――!」
 どうにもネクタイの男は僕の能力を知らないようだ。つまり、まだ新参。先ほどの発言はただの決まり文句か。
「何を。任務は絶対だ」
作品名:窓越しランドスケイプ 作家名:まーす。