パンドラの鍵
「だけど、証拠がないでしょう……」
「証拠ね、私も最初そんなものはないと思っていたわ。でも警察が
調べれば調べるほど、私にとって不利な条件が増えていったのよ」
「不利な条件……」
貴之は身を乗りだした。ソファーがみしりと軋む。
「そうね、まず一つ上げると、犯行現場から私の指紋以外に指紋は
発見されなかったこと。そして、二階の手すりに残っていた私の足
跡……。それから忘れてはいけないのが、寝室の窓以外の鍵全てが、
しっかりと内側から掛かっていたこと」
「密室……、でも二階の窓が」
「まぁ、そうね。その窓が開いていたから密室ではないわ。逃げ道
はあるもの。だけどもし私以外の誰かがいて、そこから逃げようと
しても下は柔らかい土、どんな人間でも足跡を残さず立ち去ること
は不可能だったわ」
「他の足跡が残っていなかったんですね。その土の上には…」
早苗はこくりと頷いて見せた。
「不思議なことよ。犯人は跡形もなくあの家から消えていたの。普
通の人間ではありえないことだわ」
「普通の人間ではありえない」
と、貴之は同じ言葉を繰り返した。さっきの早苗の話を思い出す。
「そう言えば、教授の奥さんが亡くなる間際に呟いていた言葉。あ
れって?」
「あれは……」
「どういうことなんですか?」