パンドラの鍵
「そして意識が戻った時、私を待っていたのは世間の冷たい視線だっ
た」
早苗はそう言うと、そっと目頭を押さえた。
「冷たい視線?」
「そう…、二人を殺したのは私だと」
「そんなばかな。だっておばさんは……」
早苗は首を振る。
「世間はそうは思わなかったのよ。全ての条件が私にとって不利だっ
た。血に染まった服を着ていたことも、私の家がそんなに裕福じゃな
いことも」
「でも、殺す理由なんてないじゃないですか?」
「何とでも言えるのよ。私が奥様にいびられていたとか、金目の物を
盗もうとしていたのを見られてしまったとか……。理由なんていくら
でも考えられるわ」
「誰も見たわけじゃないのに?」
「そうよ。きっと近所の人が噂したのでしょうね。噂っていうのは恐
ろしいものよ。それがたとえ本当に真実でなくても、誰かがそうだと
言えば真実になってしまうもの」
「………」
「反論しないのね」
早苗はグラスの中の氷を見つめながら、ぼそりと呟いた。
貴之は早苗の言い分に一理あることを知っていた。
だから、そうじゃないと否定することが出来なかったのだ。