パンドラの鍵
しかし、そこにいたのは鏡に映った自分の姿。
早苗はほっと安堵の吐息を漏らすと、くるりと鏡に背を向けた。
だが鏡の中の早苗は背を向けなかった。
そして背中を見せる変わりに、にやりと真っ赤な唇を歪めると、両
手を鏡の中から突きだした。
異常に白い手首が、鏡の側面から姿を現す。両手は音もなくスルス
ルと早苗の首筋めがけて伸び始めた。
あともうわずか3センチで届くかというところで、突如窓という窓
がガタガタともの凄い音を立てながら揺れ始めた。
手はその音にぴくりと痙攣すると、目にも留まらぬ速さで鏡の中に
消えた。
窓ガラスの方に目をやると、無数の黒い固まりが体当たり劇を演じ
ているのが目に飛び込んできた。
黒い固まりの中に、不気味に光る赤い目玉が見える。
カラス、カラスだ……。
カラスは今にも窓ガラスを突き破って、中へ入ってきそうな勢いだ
った。
カラス達の鳴き声が耳を劈く。
早苗は身を震わせた。
頭も身体もおかしくなってしまいそうだった。
早苗はすぐにでもその場から逃げ出したかった。
とりあえずこの空間から逃げ出したかった。
この呪われた家から…。