パンドラの鍵
「だから、奥様のことも、坊ちゃんのこともよく知っているわ。そ
れだけに……」
彼女は荒い息を吐くと、手のひらで氷の残っているグラスを包み込
んだ。
おかしい。貴之はここまで聞いて、首を傾げた。
なぜだ。なぜ彼女の話しに沙織が出て来ない。
まるで、三人家族だったかのような話し振りだ。
「女の子はいませんでしたか? 沙織っていう名前の……」
「さおり? 知らないわね」
「知らない、ほんとに? 確か、その男の子よりも二歳ぐらい年下
なんですが」
「いいえ、いなかったわ。子供は雅弘君だけだったわ」
「………」
彼女のはっきりとした口調。
彼女は嘘をついてはいない。
確かに彼女の記憶の中に沙織の存在はないのだろう。
沙織は有馬の家の子ではないのか…。
とりあえず、話しを聞けば何か分るかもしれない。
貴之は、話しを促した。
「奥様はどんな方なんですか?」
「そうねぇ」
聞き取れないほどの小さな呟き。