パンドラの鍵
「出ていかれたんですか?」
「えぇ」
「なぜ一緒に……」
「行かなかったの。私はこの町を出るわけにはいかなかった」
「どうして?」
「八年前、あの事件が起きたとき、私はその現場にいたの」
彼女は、一つ一つの言葉をまるで絞り出すかのように吐いた。
そして、まだ玄関にいることに気づくと慌てて、
「ここで立ち話もなんだから、中へどうぞ」
そう言って貴之を居間へ促した。
家の中は外のうだるような暑さが嘘のように、風通しもよく快適だ
った。
「そこに座っていて。なにか飲み物でも持ってくるわ。麦茶ぐらい
しかないけど、それで構わないかしら」
「あっ、はい」
「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ準備するわ」
彼女はそう言い残すと、居間から出ていった。
古いけれど、隅々まで手入れの行き届いた部屋……。
貴之はソファーに腰掛けると、戸棚の中に飾られている数枚の写真
をぼんやりと眺めていた。