パンドラの鍵
貴之は変な質問だと思いながらも答えていた。
「しましたよ。背中がぞくぞくとして」
「やっぱり」
「おばさんも感じるんですか?」
「私? 私はしょっちゅうよ。もう馴れてしまったけど」
「じゃあ、この悪寒のような感覚も八年前のことが原因だとか…」
「そうね。あの事件が起こってから、この町は変わったわ。おかし
いと思ったでしょう」
「なにがですか?」
思わずそう聞き返してから、「もしかして、あの辺一帯に人が住ん
でいないことですか?」と、貴之は続けた。
「そう……」
「おかしいと思いましたよ。建物は異常なくらい荒れ果てているし、
人気はないし」
「そうよね……」
彼女は相づちを打つと、雨の中を足早に歩きながら遠くを見つめて
いた。
「この町は死んでいるの。大抵の人はみんな出ていってしまって…。
まぁ、私みたいに残っている物好きも多少いることはいるんだけど」
貴之は笑うわけにもいかなくて、黙って口をつぐんでいた。
「もう少しで着くわ」
雨のせいで町は霧がかっているかのように、ぼんやりと霞んで見え
た。