パンドラの鍵
「傷んでしまったかもしれないけど」
「いえ…」
相手の女性は、中年の少し小太りな主婦のように見えた。
彼女は珍しいものでも見ているような目つきで、貴之の顔を見つめ
ていた。
「俺の顔になにか?」
貴之の質問に慌てて彼女は目をそらすと、
「見かけない顔だったからつい……。ごめんなさいね」
「いえ…」
貴之は頭を左右に振った。
「ここに何か用だったの?」
「えぇ、まぁ。ある人に会いに来たんですけど」
「その方、この辺に住んでいらっしゃるの?」
「名簿の上では、そうだったんですけど…」
「おかしいわね。なんていう方なのかしら?」
「有馬っていうんですが、ご存じですか?」
「有馬ですって!」
「はい」
彼女は目を見開くと、あぁと悲痛な叫びを漏らした。
「知らないのね」