パンドラの鍵
貴之はその家を前に唖然と立ちつくした。
でも、ここしかなかったはずだ。
ここ以外に有馬という表札がでている家は……。
生い茂った木々の間から見え隠れする荒れ果てた一軒家。
もう何年もこの状態なのだろう。
玄関へと続いている石造りの階段は、原型も分らないほど蔦という
蔦で覆われ、まるで人が立ち入るのを拒んでいるかのようだった。
貴之はごくりと生唾を飲み込むと、ゆっくりと階段を上り始めた。
上に行くつれて、階段の幅が狭く薄暗くなっていく。
両側にそびえ立つコンクリートの塀は所々亀裂が入り、貴之が触る
とぽろぽろと簡単に崩れた。
何だ!この感覚は……。
建物に近づくにつれて強くなる圧迫感。
息苦しい……。
貴之は階段を上りきると、そっと顔を上げた。
視界に飛び込んでくる売家の看板。
手入れが行き届いていれば、古いながらも味のある豪邸だったのだ
ろう。
しかし今は、二階建ての西洋風の建物はその面影をほんの少し残し
ただけで、その殆どが蔦で覆われていた。
植物の猛威は恐ろしい。
人がいなくなるのを見計らっているかのように、突如繁殖し始める。ほんのわずかな隙間を見つけて……。そして、徐々にそのテリトリーを広げていくのだ。少しずつ枝を伸ばし、葉を広げ、様子を窺いながら。この家の主はもはや有馬一家ではない――。
ここには住んではいない。
それだけは誰の目から見ても明らかだ。
貴之の背後にそのことが重くのしかかってくる。