パンドラの鍵
「まったく何様のつもりだと思っているんだ。このまだ社会にも出
ていない未熟者が…。恭子、貴之を部屋から出すんじゃない!」
「………」
「俺は、もう寝る」
親父が、そう吐き捨てるように言って部屋を出て行くの分かる。
ドアが壊れそうなほど激しく叩きつけられる音。そして、その後の
妙な静寂。
母は近づいてくると、貴之の肩に手を置いた。
「貴之、あなた自分のしたこと、もう一度よく考えなさい。もうお
母さん達を哀しませないで。分かったわね」
貴之は動かなかった。うつろな目をしてじっと床の木目模様を見つ
めていた。
決められた人生。俺は、ただ都合のいい人形。俺は、俺は……。
大学に行きさえすれば、やりたいことが出来ると思った。
しかし所詮は籠の中の鳥。
親父の会社を継ぐための、決められたレールに突き進んでいただけ。
そう気が付いたのはいつだったか。
目の前が真っ暗になった。
着々と進んできた道は、単に親のエゴと見栄に形作られた虚像の産
物だったと知ったときは……。