パンドラの鍵
空気はどんよりと濁り、雑然と積み重ねられている書物には、うっ
すらと埃が積もっていた。
ブラインドの隙間から僅かに差し込む太陽の日差しが、室内をほの
かに照らし出していた。
「何をするんだ、この部屋で」
仕方がないといった感じで部屋に入ってきた友也は、薄汚い室内を
ぐるりと見まわして言った。
「そうだなぁ―」
貴之は曖昧に返事を濁すと、部屋の片隅に置かれた机に視線を止め
た。
机の上には飲みかけのコーヒーに、無造作に置かれた書物の山――。コーヒーはすっかり冷めきっていて。表面には埃の膜が張っていた。そして、受話器が外れたままの電話。
この状況は……?
時の経過を唯一象徴する埃を取り除けば、有馬教授がついさっきま
でここにいたと言っても、何一つとして不思議ではない状態。
まるで突然の電話に、慌てて部屋を飛び出していったよう…。
そしてそれ以来、教授はこの部屋に戻ってきてはいない。
それだけは紛れもない事実。
貴之は受話器を手にすると、何も聞こえないと知りつつ、耳に当て
ずにはいられなかった。
しかし、やっぱり聞こえてくるのは連続的な機械音だけ……。
電話の相手は一体誰なんだ?
教授は誰かに呼び出されて部屋を飛び出していった。
大学の講義を途中で投げ出してまで。
常識のある大人の男が取った行動にしては、あまりにも非常識すぎ
る――。貴之は、頭を抱えた。