パンドラの鍵
隣の部屋で雅美が泣いているのだろう。声が壁を通して漏れてくる。
貴之にとっては、その泣き声さえも自分を責めているように思えて
息苦しかった。
もう全てが嫌だった。この家も、学校も、この世の中も……。消え
てしまえばいい。もうたくさんだ。もう限界だ。
気がつくと、自分の身体が床の上に押さえつけられていた。
腕が痛い!
顔を上げると親父の顔が目の前にあった。そうだ、俺はこの人には
一生かなわない。力でさえも。
頭上から、親父の吐く酒くさい息とともに罵声が浴びせかけられる。
「貴之! おまえ自分のしたことが分かっているのかっ! えっ、
何とか言ったらどうなんだ!」
「そうよ、貴之ちゃん。お母さん達がどれだけあなたのことを考え
て育ててきたと思ってるの」
「まったく俺達の顔に泥を塗るようなことをしやがって。なにが不
満だっていうんだ!」
「本当に今までいい子だったのに、どうして薬なんか…」
貴之はそんな両親の言葉をまるで他人事のように聞き流していた。
いい子、いい子……。お勉強も出来て親の言うことに一切刃向かわ
ない、いい子。