パンドラの鍵
何が起こったのか、貴之には分らなかった。
ただ、先程の薄明かりのさした空間が消え、気づいたときには闇の
中に佇んでいただけだ。
一点の光さえも存在しない完全なる暗黒の世界に……。
「私は光が嫌いでね。闇の中で失礼する」
恐ろしいほどの存在感を与える人物。
彼は足音もたてずに近づいてくると、そっと貴之の顔を覗き込んだ
ような気がした。
「両親を返してほしいそうだね」
「はい」
「なぜだ? 消えてほしいと願ったのは君じゃないか」
貴之は答えられなかった。
いや、答えようにも言葉が浮かばなかったと言った方が正しいか。
「あいつらさえいなければ、あいつらさえ消えてくれたら……」
男は貴之の心の中でくり返し呟いた言葉を、まるで聞いたかのよう
にリプレイし始めた。
「やめてくれ! やめてくれ!」
「あいつらが死んでくれたら……」
男はやめない。貴之の苦しむ様を愉しむかのように。
貴之は頭を抱えて、その場にうずくまった。聞きたくない、聞きた
くない。