パンドラの鍵
「お願いです。ドアを開けてもらえませんか?」
しかし、やはり人の気配はするものの返事はなかった。
騙されたのだろうか?
扉と床との間に出来たわずかな隙間、そこから白い紙が一枚。
その紙を拾うと中に“合言葉”の文字。
貴之は思わず目を見開く。
そうだった。あの男は扉の前である言葉を言えといっていた。その
言葉を口にしなければ中に入ることもできないと……。
確か、その言葉は神、神がついたはず。神が、神を、神と…、いや
違う。そうではなくて、
「神はいない……」
長い沈黙の後、扉はゆっくりと、しかし確実に動き始めた。
そして異常なまでの冷気が、貴之の元へと流れ込んできた。
思わず身震いする。
「ようこそ、お待ちしておりました」
必要以上にやせ細った死人のように青白い顔をした女が、突然ぬっ
と姿を現したかと思うと、
「私の後についてきて下さい。案内します」
かすれた、女にしては低い声でそれだけ言うと、くるりと背を向け
衣擦れの音を響かせながら貴之の前を歩きだした。