パンドラの鍵
「どうした?」
寝惚け眼で訊いた貴之の声は、呆気なく雅美の泣き声で掻き消され
た。
「お母さんが――、お母さんがいないの。いなくなっちゃた…」
「そうか……」
と普通に流してから事の重大さに気づき、慌てて貴之は飛び起きた。
そして、
「まじかよ」
そう呟くと、そばで泣いている雅美を撥ねのけ部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、人気のない居間をキッチンを寝室を書斎を目の当
たりにし、貴之は自分の身体が震えるのを感じた。
いない、いなくなった。
本当に消えやがった……。
貴之は束の間放心したように、その場に立ち尽くしていた。契約は
実行されたのだ。
貴之の顔にふと笑みが零れた……。
自由だ、俺は自由になったんだ! もう、息を潜めて生きていかな
くてもいい。
思いっきり羽を広げて生きてゆける。
俺を縛るものは何もない。