パンドラの鍵
身体に何が起こったのかも分らず、貴之は異変を感じながらもよう
やく大樹の幹に止まり羽を休めた。
そして自分の体内に採り入れたものが何だったのか把握する間もな
く、貴之の身体は樹皮の間から滲み出てきた樹液で覆われ、琥珀と
なって永遠の時を生きることになってしまった。
地中深い所で眠り続けた永い歳月。
陽の目を見ることもなく過ぎた日々。
貴之の身体だけは、昔のままにその姿を保ちながら……。
「起きて、お兄ちゃん起きてっ!」
突然の振動。琥珀の中での安眠は、誰かの手によって無残に崩壊さ
れた。
振り下ろされる凶器。ひび割れる世界。
「お兄ちゃん!」
どこからか声が聞こえる。貴之の意識は、遥か太古の昔から急速に
現実に引き戻されつつあった。
「ん――――」
寝返りを打ちながら薄ら眼を開けると、雅美の泣き顔が飛び込んで
くる。
泣き腫らした赤い眼。
まだ小学3年生の雅美は、泣くことでしか不安を表現出来ないらし
い。