パンドラの鍵
貴之のプライドは、唯一勉強ができる、ただそれだけでもっていた
と言っていいだろう。
しかし、目の前で微笑んでいる沙織は…。
うれしかった。貴之に心を開いてくれた彼女が…。
見かけだけで判断する周囲の女の子達とは違う。
沙織は本当の俺を見つめてくれた。
その日を境に、沙織と貴之は急速に近づいていった。
狐の嫁入り。お天気雨。
沙織が研究室に顔を出す日は、いつも雨が降っていた。
外出を禁じられている沙織は、こっそりと親の目を盗んで貴之に逢
いに来た。
お互いに厳しい家で育った貴之達にとって、新緑で覆われた大学の
キャンパスは、格好の隠れ家的存在だった。
昼間の限られた時間内の逢瀬。
それもまた、若い二人を燃え上がらせる要因になっていたのかもし
れない。
信じていた、沙織だけは信じていたのに。
親父の電話口での会話…。
今でもはっきりと、記憶に残っている。