パンドラの鍵
確かに彼女には雨が似合っていた。濡れそぼった彼女の身体からは、
濃厚な緑の香りが放たれ、人というよりは植物を感じさせた。
彼女は、雨を浴び、生き生きと輝いていた。
そう、俺はこの瞬間から彼女に惹かれていたんだと思う。
「俺でよかったら、大学の中を案内するよ」
「本当ですか? うれしい!」
沙織は、大げさにその場で飛び上がった。
「私、沙織です」
「さおり……?」
「はい、漢字はこう…」
そして、彼女は水滴で曇った窓に近づくと、自分の名前を書いた。
貴之もそれに習って、彼女の名前の隣に自分の名を書く。
「工藤貴之……」
沙織の口から自分の名前が零れる。それは、とても甘美な響きを持
って、貴之の耳に届いた。
正直に言って、貴之自身普通に女の子と会話している自分に驚いて
いた。
実際、貴之は自分がどちらかというと女の子に敬遠されるタイプだ
というのも分かっていたし、およそもてる顔立ちをしているわけで
もなかった。