パンドラの鍵
しかし貴之の心意とは裏腹に、貴之の瞳はめらめらと燃える炎で輝
いていた。
生きている目だった。
親父や母さんがいたら、決して見ることが出来なかった真実。
たとえ、それがどれだけ自分にとってマイナスになろうとも、何も
知らずにこれからの人生を歩んでいくよりはずいぶんとマシだと。
ただ……、貴之は幼い雅美のことを思う。
孤独で淋しい自己の世界に逃げ込んでしまった妹を……。
そして、やるせない気持ちで誕生日ケーキを眺めた。
雅美は下りてこないだろう。
そんなことは始めから分っていた。
兄弟の間にできた大きな溝は、こんなまがい物で簡単に繕えるほど
単純なものでないことぐらい。
でも、貴之はただ待ちつづけた。
そうするしか出来なかった。
一本の蝋燭が燃え尽きて倒れた。
いつまでこうしていただろう……。
小棚の上に置かれた電話が突然何の前触れもなく鳴り響き、貴之は
一気に現実に引き戻された。
神経を逆なでする音……。
がらんどうのような家の中で、繰り返し鳴り響く呼び出し音はまる
で警告を発しているかのようだった。