パンドラの鍵
居間に入ると、貴之はテーブルの上に買って来たケーキを広げ、き
れいにデコレーションされた表面に9本の蝋燭を無造作に立て始め
た。
そして蝋燭を立て終わると、持っていたライターで一本ずつ火を点
けた。
ゆらゆらと揺らめくオレンジ色の炎……。
部屋の照明を落とすと、蝋燭の灯火はまるで霊魂のように空中に漂
っているかのようだった。
貴之は膝を抱えると、じっと九つの燃える炎を見つめ続けた。
火を眺めていると自然と落ち着いてくる。
貴之は遥か太古の、飾り気のない人々を思った。物欲も地位も名誉
もなかった時代。
生きること、ただそれだけが全てだった時代……。
貴之はなぜ焚き火をすると、人々が集まってくるのか少しわかる気
がした。
そう、静かに燃え続ける炎には、神秘的で何かしら人々を惹きつけ
る生命力を感じさせる。
長い一日が終わった。
雅美のこと、沙織のこと、そして両親のこと。
考えなければいけないことはたくさんある。
だけど謎は解決するどころか、ますます増殖していくばかり……。
はたして、真実を知った先に何が待っているというのか。
有馬教授の教官室で遭遇した、不可解な生命体。
そして、早苗という名の元家政婦から聞いた八年前の出来事。
そのどちらを取っても、真実を知ることが必ずしも幸せに通じるこ
とだとは、貴之には思えなかった。
いや、むしろ知らなかったほうがよかったとさえ思うかもしれない。