パンドラの鍵
「雅美――」
家中の電気を点けながら、二階の雅美の部屋へと近づいていく。
廊下の突き当たり、角部屋……。貴之はドアを叩いた。
「雅美、今日おまえの誕生日だろ。お兄ちゃん頑張っておまえのた
めに高いケーキ買ってきたんだぞ!なっ、部屋の鍵開けてくれない
か?」
しかし、部屋の中にいるはずの雅美は、ことりとも音を立てない。
親父達が消えてはっきりと疑惑の目を貴之に見せたあの日から、雅
美が貴之を避けているのは明らかだった。
とりあえず居間に散らかっているパンやお菓子の空き袋から、貴之
が家を開けている間に空腹を満たしているのだろうが、まだ小学生
の雅美が栄養失調になっていないとも限らない。
貴之は複雑な心境で、ドアを見つめ続けた。
日に日に重くなっていく罪の深さ……。
頑なに沈黙を守り続ける雅美の態度が、さらに貴之を責め耐えがた
い空気を創り出していた。
貴之はそっと諦めたようにため息をつくと、
「下で待ってるから」
そう伝えて、その場を跡にするしかなかった。
階段をゆっくりと下りながら、貴之の口から零れるのはため息ばか
りだった。
―――雅美は、俺のことを許さないだろう。決して……。
その事実は強靭なまでに引きこもりを続ける雅美の態度からも明ら
かだった。