パンドラの鍵
頭の中で幸せな誕生日を思い浮かべながら……。
七月九日。
雅美の九回目の誕生日。
お父さんが雅美のために、ずっと前からねだっていたお人形の家を
抱えて帰ってきてくれる。
「いい子の雅美には、ほら、ご褒美だ!」
そして、頭の上に感じる温かい手のひら……。
にっこり微笑む雅美。
祝福してくれるお母さん。
だけど………。
階下で、玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
そしてドタドタと土足で、雅美の小さいながらも幸せな空間に立ち
入ろうとする例の声が聞こえてきて、雅美はじっと息を潜めた。
膝を抱えて目をつぶる。
そうすれば、まるで自分の存在がこの場所からいなくなると信じて
いるかのように………。
* * *
暗くて、静かすぎる家の中……。
貴之は、駅前で思い出したように買った雅美の誕生日ケーキを小脇に
抱えると、玄関の電気のスイッチを入れた。
「雅美―、いるんだろ――。お兄ちゃん、ケーキ買ってきたんだ。一
緒に食べよう!」
貴之の声が、虚しく家の中をこだまする。