パンドラの鍵
二人は、しばらくの間不思議そうに顔を見合わせた。
「大切な用事?」
「いいえ、そうでもないんですけど。大学の中を案内するから来い
って、そう言われただけだから」
「そうなんだ……」
「でも、珍しいんですよ。父が私を外に出してくれるのって」
そう言ってから、沙織は慌てて、
「あっ、ごめんなさい。どうでもいいことまで。本当に私、ここし
ばらく家族以外の人と話す機会がなくって、それで浮かれちゃって
……」
「どこか悪いの?」
貴之は少々不安になって、気遣うように彼女を見つめた。
「…そう見えます?」
そう言って、濡れた髪を掻きあげる彼女はどこか儚げで痛々しい。
「………」
「気にしないでください、今日は雨が降っているでしょ。だから、
体調もすこぶるいいですから」
「雨が降っているから、元気がいいか。変わった人だね、君は」
「そうですか?」