パンドラの鍵
―――八年前の悲劇が、一つの平和だった家庭を崩壊させた。
彼女は待っている。
出ていった息子を、旦那を……。
独り、この寂しい家の中で……。
貴之は早苗の顔を覗きこむと、重い口を開いた。
「おばさん、俺はナオキさんじゃありません……」
「………」
「しっかりして下さい!」
目の前で崩れる早苗。
どこからともなく隙間風が吹きこんできて、髪を撫でていく。
その感触は、まるで死人の手の平のようだった。
焦点の定まっていなかった目線が、徐々に正気を取り戻していく。
「あの子は、殺しの容疑がかかった私を前にこう言ったの。今日か
らおまえは赤の他人だって……。辛かった、あの一言は……」
「………」
「何百回と後悔したわ、私が買い物にさえ行かなければ、奥様達も
あんな目に会わなくてすんだかもしれないのにって。あんな事件さ
え起こらなければ……」
もう過去のことですよ。という言葉は、安易に吐くべきではなかっ
たのかもしれない。
彼女にとって、八年前のことは何一つとして解決していなかったの
だ。
貴之が出来ることは、唯一犯人を見つけることだけ――。
そして、犯人を知ることは有馬家の秘密を暴く事にも繋がる。
もちろん沙織の出生の謎にも……。